2018年09月24日(月) 「あなたのなさったこのことは、いったいどういうことですか。お子さまが生きておられる時は断食をして泣かれたのに、お子さまがなくなられると、起き上がり、食事をなさるとは」Uサムエル12:21
「あなたのなさったこのことは、いったいどういうことですか。お子さまが生きておられる時は断食をして泣かれたのに、お子さまがなくなられると、起き上がり、食事をなさるとは」Uサムエル12:21
ダビデの子を、バテシバが産んだが、ダビデの罪が原因で死んでし まった。ダビデは姦淫と殺人の罪を犯したまま、王の立場であり、 隠ぺいしていたが、ナタンの指摘により、罪を認め、悔い改めた。 主はそれらの罪を赦して下さった。 しかし「あなたはこの事によって、主の敵に大いに侮りの心を起 こさせたので、あなたに生まれる子は必ず死ぬ」と言われた。 そして主が打たれたので、子供は病気になった。するとダビデは断 食をして、全身全霊で子供のために切なる祈りを献げた。しかしそ の子は死んでしまった。 家来達はダビデを余りにも心配して、子供の死を伝えられなかった ほどだ。それほどのダビデが、息子の死を知った時、起きあがり、 身を整えて、神を礼拝したのだ。ダビデの驚くべき信仰の姿勢だ。 自分はこれだけ祈ったのに、なぜ神は聞かれないのかと、不平不満、 怒りで一杯になったり、又、失望落胆に落ち込む事もできた。 しかしダビデはそうしなかった。どんなにか辛く、悲しく、苦しく、 心痛んだ事だろう。しかし、力を尽くして祈った結果、こうなった 時、これが神の御心である事を受け入れた。そして神を礼拝した。 ダビデは立派だった。 神の聖なる御心を受け入れる事は、時に裂かれるような痛みを伴う。 しかし、神は聖い方であられ、同時に愛なる方だ。必ず神のなさる 事は最善だ。ダビデはそれを信じていた。今、受け取るべき御心が あれば、受け入れられるように、祈ろう。 ------------ 罪の刈り取りもしっかりと神からのものと受け取るから、辛くても 不平不満がない。刈り取りを突然のことのように失望するのではな く、神の赦しを信じ、神に全てを委ねていよう。