2025年07月25日(金)

「イエスは・・シモンの持ち舟に乗り、陸から少し漕ぎ出すように 頼まれた・・舟から群衆を教えられた」ルカ5:3



漁師のペテロが前夜不漁の中、朝に「深みに漕ぎ出し、魚をとれ」
と主の言葉を受けた。だが朝に魚はおらず、骨折り損で無駄だ。
しかしペテロは、あらゆる事が見える所に反するのだが「でも、お
ことばどおり」網をおろし、主の言葉に従った。すると驚くべき大
漁だった。なぜ、魚はいないのに、網をおろそうと思えたのだろう。

その朝、ぺテロは網を洗っていた。その時、群衆が、主の言葉を聞
くのに、押し合いへし合いだった。だが、ペテロは背を向け、聞い
ていなかった。徹夜の漁でヘトヘトに疲れ、一刻も早く帰りたかっ
たろう。そんな中、主は、ペテロに舟を少し出すよう頼まれ、舟か
ら群衆に語られた。すると主の声がよく通り、群衆も落ち着いてよ
く聞けた。

ペテロは自分の舟の中で、聞かざるを得ない状況で、主の計らいだ
った。御言葉に耳を傾けた事で、網を下ろすに至った。ペテロは、
御言葉を聞いた事により変えられた。自分の経験値、自然界の常識
では、朝に魚はいない。まして昨夜は、ベテランの自分でさえ一匹
も捕れなかった。判断材料のすべてが反対方向を向いているが「で
も、おことばどおり」、御言葉の方に従った。

ペテロは自分軸から、主の言葉を軸に従うようにされた。私たちも、
自分の思いでなく、御言葉軸で生かされたい。目の前の状況は難し
いだろうか。しかし主の言葉に従おう。又、伝道はどうだろう。な
かなか人は救われない。しかし主は深みに漕ぎ出して、網を下ろせ
と言われる。お言葉通り、再度、網をおろし続けよう。
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どうせ駄目だろうという自分の枠を超えて、主の御言葉が示される。
でも、おことばどおり・・と主を仰ぎ、御言葉に従えるよう祈ろう。
自分軸から出ていこう。主に力を受け、深みへと漕ぎ出そう。