2026年05月25日(月)

「すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、 かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって 訓練された人々に平安な義の実を結ばせます」へブル12:11


ある人が、祈りを積み、海外の神学校へ導かれ、入学を果たした。
主の導きであり、すべての必要は与えられると信じての事だった。
だが突如の様々な出費や、想定外の多額の必要が生じ、貯えが底を
ついた。最終学年の進級時に、授業料が払えない。払えなければ退
学だ。御心に従っての事で、主は必要は与えて下さるのでは・・。

必死に祈るのだが、与えられなかった。奨学金の道も模索したが、
開かれない。「導きを信じ、仕事も辞し、郷里を出て来たのに、な
ぜ?」と尚も祈ったが、与えられない。結局、支払い期日が来ても
与えられず、祈りに祈った結果なので、これが主の御心と受け止め、
帰国しようと思った。

しかし職も捨て、貯えも無くなり、これからどうすれば良いのか。
失意しか無かったが、なすすべなく、祈りの中で、今後の事と自分
自身をいっさい、主にゆだねた。どうであれ御心のままでOKですと。
心が落ち着いて、平安になった。するとその直後だった。友人たち
が無名の献金と共に、奨学金が降りた知らせを持って来てくれた。

現地の友人たちが、ずっと様々な方面に奔走してくれていたと知っ
た。驚いて、友人たちの親切が身にしみた。そして何より主に心か
らの感謝を献げた。追い詰められた瀬戸際の中で、信仰を試され、
ゆだねることの意味を教えられた。そしてどんな窮地にも、主の恵
みは十分である事を身をもって知らされた。窮地は、主の働く機会
だ。
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様々な行程を通らせられる。なぜなぜと逃げ出したくなるが、主の
目的があることを信じて、混乱せずに主に委ねたい。必ず主が助け、
一歩、一歩を導き、義の実を結ばせてくださる。