2001年04月24日(火)

  「あなたがたは年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神のことばの初歩をもう一度だれかに教えてもらう必要があるのです」8ヘブル5:12)

  
 子供が赤ん坊の時は、ミルクを与える。離乳食となり、
少しづつ柔らかい物を与えて行く。やがて、子供は成人し
独立する。子供が家を訪ねて来る時にはステーキ等の食事
を用意する。彼らは成長したのだ。ミルクやベビーフードは
赤ん坊にとって大事な物だ。しかし、成長したなら、堅い食
物をたべる。同じ事が霊的成長にも言える。
例えば、ピアニストにしても、最初は簡単な曲から練習し、
段々難しい曲へと進んで行く。何年もの練習が必要だ。
上達して行かないなら、プロのピアニストにはなれない。
御言葉は信仰の成熟をめざして進む事を勧めている。
私達は霊的成長へと進むべきだ。
神の言葉という「肉」を味わい、学んだ事を実践に移さなけ
ればならない。それが成長するための唯一の道だ。
新生は一瞬、霊的成長には一生かかる。
成長目指して進むべきだ。