2000年12月23日(土) 「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は・・私を導かれます」(詩篇二三・一)
「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は・・私を導かれます」(詩篇二三・一)
イスラエル旅行をすると、よく羊飼いを見る。その 羊飼いを、しっかり観察してみると、羊飼いは一匹 一匹の羊に目を留め、迷子にならないか、ちゃんと 付いて来ているかを、絶えず確かめ、羊達に励まし の言葉をかけながら、移動させていた。牧羊犬が羊 を追う光景も見た。主人の見守る中、犬が羊を追っ ていたが、羊を追う事を導く事には大きな違いがあ る事が見てとれた。その違いを見る時、信仰によっ て人々を導く事と、人々に強制し、押し付ける事の 大きな相違が浮かんだ。言葉と手本によって、模範 によって、人々を導く事が出来る。又、人々を強制 し、無理やり従わせる事も出来る。自分の考えを押 しつけるやり方だ。主は、強制でなく押し付けでな く、導かれる。どこまでも導かれるお方だ。私達も 人々に強制するのでなく、人々を私達が示す模範に よって導こう。