2013年09月22日(日)

「供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、出て行って、ま ずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物 をささげなさい」マタイ5:24

          
     
ある人が、対人関係において失敗をした。相手をひどく傷つけてし
まったのだ。自らの自我ゆえの事だった。自己正当化したいがため
に、相手を攻撃した。御霊に示され、悪気が無いのではなく、故意
である事が否めなかった。周辺の人々にも嫌な思いをさせ、すべて
自らが引き起こした事だった。

御霊は語りかけられ、その罪の恐ろしさを示され、自らの罪を認め
て、謝罪するよう促された。自分の愚かさ、失態を認め、謝る事は
プライドが傷つく事だ。恥ずかしい、どうしても出来ない、したく
ない事だった。自我は謝りたくないが、御霊は迫られた。

逃れる事ができず、悔い改め、傷つけた相手、嫌な思いをさせた一
人一人に謝る決心をした。赦してもらえなくても、仕方の無い事だ
った。思いきって謝罪した時、当の相手は気持ち良く赦してくれた。
他の人々も同様だった。

赦される喜びと平安に心が満ち満ちた。天にも上るような喜びであ
った。もし、赦しを拒否されたら、その人々の交わりから出なくて
はならなかった。傷つけた自分自身も傷を持ったままだったろう。

主は謝罪を大いに祝福され、その当人とは不思議にも親友になって
しまった。素晴らしく益とされた。あなたも、謝るべき相手が思い
浮かぶだろうか。御霊が示しておられたら、実行しよう。素晴らし
い祝福を経験する。

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真の礼拝を献げて行くとは、自分の非を認め、悔い改め、仲直りす
ることだと教えられる。自分は正しいと思っている限り、怒りは消
えず、心は苦しく、何も見えないことになる。御霊に示されたなら、
悔い改めよう。