2014年05月24日(土)

「私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を 否むことができないからである」Uテモテ2:13



「主の来臨の時、責められるところのないように、あなたがたの霊、
たましい、からだが完全に守られますように。あなたがたを召され
た方は真実ですから、きっとその事をして下さいます」。私たちの
霊、たましい、からだが守られるのは、主の真実によると言ってい
る。

又、「主は真実な方ですから、あなたがたを強くし、悪い者から守
って下さいます」悪い者から守られるのも、主の真実によると。私
たちの信仰深さや、行ないによるのでなく、主が真実であることに
よる。

又、「神は真実で正しい方ですから」罪を赦し、すべての悪からき
よめて下さる。神が真実な方であるから、罪が赦され、きよめられ
る。神の真実による。又、神は真実な方であるから、私たちを耐え
ることができないような、試練には会わせられないと。「神は真実
な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会
わせるようなことはなさいません」。

神は、決して私たちが耐えられない試練を与えられることはない。
これも神の真実のゆえだと。私たちが、どうのこうのでなく、神の
真実のゆえに、神がそうされる。神の真実に、決して嘘はない。
「彼にはご自身を否むことができないからである」。

主の真実のゆえに、必ず、私たちは最後まで守られ、告白する時に
罪は赦され、耐えられない試練はない。自分の思いや力にはよらな
い。何と平安で感謝なことだろう。

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「私たちは真実でなくても、彼は常に真実」。私たちは弱さのゆえ
に、主に対して不真実、不忠実になってしまう。従えなかったりす
る。しかし、主の真実は変わらない。その不真実を認めて行く時に、
ずっと主の真実にとどまっておれる。そして心に平安と喜びがある。