2014年08月24日(日) 「私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのだろう か」」詩篇121:1
「私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのだろう か」」詩篇121:1
都上りの歌となっていて、エルサレムへ巡礼の旅に出る時のものだ。 「山に向かって目を上げる」は、これから上って行くべき、困難な 険しい山々だ。非常に切実だ「私の助けはどこから来るのか」。助 けなど来るのか。エルサレムは遙か彼方であり、幾つもの山々が行 く手を阻んでいるかに見える。 当時の人々の旅は、今と違い、想像もできないほど困難で危険なも のであった。今のようにちょっと都へというわけに行かない。途中 で病気になれば命を落とす。又、道中、どんな災いや危険があるや 知れず、無事に帰れるかどうかもわからない。そんな中で何が助け になるのか。 エルサレムへの都上りは、膨大な困難の山を前に「助けはどこか ら?」との問いとなり「助けは、天地を造られた主から来る」と答 えが来る。計り知れない困難はあるが、その山々を造られたのは主 だ。すべての状況も主が御手で治めておられる。 ある学生が、試験でカンニングをしてしまった。良心のとがめにさ いなまれ、しかし親にも、誰にも言えなかった。苦しくてたまらず、 どうしてよいかわからず、主の御前にその事を祈った。その時に、 まさに御言葉が臨んだ 「私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのだろう か。私の助けは、天地を造られた主から来る」悔い改め、導かれて 行った。目の前に、困難の山があれば、私たちも同じく「私の助け は、天地を造られた主から来る」。 ・・・・・・・・・・・ 途方に暮れることがある。「私の助けはどこから来るのだろう?」 しかし明確な答えがある。「私の助けは、天地を造られた主から来 る」。助けは、主から。どんな時にも、主から来る。目の前のその 問題を主のもとに持って行こう。