2003年02月21日(金)

「そもそも、互いに訴え合うことが、すでに・・敗北です。なぜ、不正を甘んじて受けないのですか。なぜ、むしろだまされていないのですか」(Tコリント6:7)


 コリントの教会では、教会員の間に分裂があり、
争いがあった。彼らは争いを一般の法廷に持ち込
み、未信者の傍聴人の前で、未信者の裁判官に裁
いてもらおうとした。そのため、神の聖なる御名
が未信者の前で傷つけられていた。パウロは神の
栄光が損なわれ、神の御名が傷つけられている事
に憂い、神を知らない異本人の前に持ち出し、
御名が傷つけられるよりは、騙され、損害を受け
るほうがましだと言った。私達が求めるのは、神
の栄光であって、損得ではない。
神の栄光が汚されるより、自分が損をした方が良
い。損得勘定よりもっと大切な事がある。
あなたのする事は神の御名が崇められるか、神の
栄光が現されるか。それとも自分の損得で生きて
いるだろうか。