2026年05月24日(日)

「もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であ るあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげな さい」ガラテヤ6:1ー


過ちを犯す人を見る時、いら立ってしまい、そうすれば、
そうなる、自業自得だと、裁いてしまいがちだ。受け入
れ難いと思う。自分にも罪の性質、肉の性質があるか
らだ。しかし主は、もし過ちを犯した人がいるなら、そ
のままにしておかずに、その人を正してあげなさいと。

「御霊の人であるあなたがたは」とあり、まず、自分
自身が、御霊に導かれている必要がある。自分の
心もよく探られ、まず自分の罪を悔い改め、よくよく
祈り、御霊からの言葉、導きを受け取ることが大切
だ。その時、自分の思いや力でなく、御霊がこの対
応を導かれるとの平安が来る。

そして自分自身がよく整えられ、へりくだった「柔和
な心で」が大切だ。真理の言葉で責めるのではなく、
「愛をもって真理を語」れと。その人の立場に立つ時、
自分も罪を犯すかも知れない。ただ責めて、断罪す
るのでなく、自分も弱い者であり、相手を思いやる
気持ちで接する時、御霊が働かれて、相手の心に
届く。

その時、御霊が、相手に罪を示し、悔い改めへと導
かれる。ナタンは神から示され、罪を犯したダビデに
対応した。ストレートに責め立てたのでなく、例え話
を用いて、ダビデに考えさせた。御霊は働き、罪を指
し示された。そしてダビデは悔い改めへと導かれた。
預言者ナタンは用いられた。私たちも、もし御霊の示
しがあるなら、従おう。主が働かれる。

・・・・・・・・・・・・・・・
もし、誰かに助言や忠告するよう示されたなら、よくよく
祈って、自分の内側を探って頂き、整えられて従おう。
反対に、人から指摘や助言を受ける時、まず祈り、へり
くだって、聞く耳を持とう。