2009年01月23日(金)

「主は大きな魚を備えて、ヨナをのみこませた。ヨナは3日3晩、魚の腹の中にいた」ヨナ1:17

ヨナはニネベに宣教に行くよう神の命令を受けた。しかし、ヨナの気に入らず、
神に従わずに、反対方向タルシシュに向かい逃亡した。

まさに「肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らう」だ。ヨナの自我が御
霊に逆らう。しかしそんなヨナに、神は尚も変わる事なく愛を注ぎ、見捨てられ
なかった。

神は大嵐を起こし、その結果ヨナは海に投げ込まれる事になった。神は大きな魚
にヨナを飲み込ませ、ヨナの命を救い守られた。

この後もヨナはニネベの人々が悔い改めると、機嫌を損ねる。これぞ肉、自己中
心、わがままだ。あなたも自分の思い通りにならない事に、すねていないか。

ヨナは自分の姿ではないか。自分に死ぬ時、御霊に従って生きる事ができる。3
日3晩その魚の腹にいた。すべてが神のご計画の内であった。

神はヨナを魚の腹に隔離され、そこで一人きりであった。人からも外界からも、
あらゆる事柄から離され、神の御前に置かれた。私たちもまた簡単に流される。

余りに多忙で祈る時間、考える時間すら無くなると、世の凄まじい勢いに飲み込
まれ、自分を見失ってしまう。神の御声を聞けなくなる。忙しすぎるなら要注意
だ。

信仰者にとり、御声を聞くために静まる事がどうしても必要だ。強制的隔離の前
に、自ら静まって愛の御声に耳を傾けよう。これがあなたに今一番必要だろうか。

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ヨナは神の命令に逆らい、反対方向へ。御心をそれたけれども、神のヨナへの愛は決して変わらない。主の無条件の、深い大きな愛に抱かれている事を覚え、主
の御前に静まろう。ことごとく心を打ち明け、交わって行く時、御声に従って行ける。