2026年05月04日(月)

「私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめ のある人たちを赦しました」マタイ6:12



人を赦すことは、非常に難しい。ある人が、良かれと思い、多くの
時間、労力を使ってした事を、他者から批判された。それも、陰で
言われた事が、巡って耳に入った。ひどく傷ついて、腹が立って仕
方が無かった。殴りかかりたいほどだった。そんな中、その相手は、
部署替えになり、顔を合わすことも無くなった。

しかし祈りの時に、平安もって祈れなくなった。「私たちの負いめ
をお赦しください。私たちも、私たちの負いめのある人たちを赦し
ました」との御言葉を前に、先に進めないのだ。相手を恨み、赦せ
ない強い思いがある事を示され、胸が苦しくなった。だが怒りでい
っぱいで、赦せない。それなら、自分の負いめも赦されない事にな
ってしまう。

悶々状態となった。赦せばよいのだが、怒りと憎しみ、赦せない思
いが、どうにもなない。辛くてたまらない中、主に、あるがままの
気持ちを、ことごとく打ち明けた、怒り、憎しみ、赦せない思い、
何もかもを吐き出した。「赦せません。いや、本音は赦したくあり
ません。でも、助けて欲しいです」、御前に祈り続けていた。その
時、目の前に主の十字架が迫って来た。

罪の無いキリストが、十字架にかかっておられる。十字架を見続け
ていると、なぜか不思議に「赦してもいい」と思えて来た。意志を
向けて「赦します」と祈った時に、心のつかえが取れて、平安が来
た。自分にはできない、自分ではない、御霊の働きだった。祈りに
持って行こう。御霊の力によって、赦すことができるようにされる。
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憎い思いが湧きおこる度に、相手の罪を再度数えてしまう。主に助
けを求めよう。主が豊かに赦してくださったように、赦せるように
主が解放してくださる。