2026年08月05日(水) 「ハレルヤ。幸いなことよ。主を恐れ、その仰せを 大いに喜ぶ人は。」詩篇112:1
「ハレルヤ。幸いなことよ。主を恐れ、その仰せを 大いに喜ぶ人は。」詩篇112:1
人は、悪い知らせを非常に恐れる。悪い知らせは、日常 に襲いかかる、どう猛なライオンのようだ。恐怖を感じ る。世の人々は、悪い事が起こらないための信心だ。家 内安全、商売繁盛、無病息災、五穀豊穣・・ひたすら順風 満帆を願う。 ある人は、喜ばしい、幸せな事が続くと、不安でたまら なくなると。このような幸せが続くはずがない、今に、 必ずひどい事が起きると思う。そのため、その喜びの最 中にも、心底から喜ぶ事ができず、不安で仕方がないと。 私たちはどうだろう。恐れや不安のほとんどは、まだ起 きていない事に関する事だ。先の事は全く見えないので、 悲観的にとらえてしまう。このような事態になっても 「悪い知らせを恐れず、主に信頼して、その心はゆるが ない」とある。そして「心は堅固で恐れる事なく、自分 の敵をものともしないまでになる」と。 その心はどんなに平安で、幸せだろう。どうしたらそう なれるのだろう。「主に信頼して」とあり、「主に信頼 する」ことが答えだ。自力により、肉の頑張りによって、 物事に動じない、強い心を持つのではない。主が、状況 をすべてご存じで、掌握されている。 敵をも御手の内にあり、すべての権威を持つ主を信頼す るところから、平安が来る。詩篇に「ハレルヤ。幸いな 事よ。主を恐れ、その仰せを大いに喜ぶ人は」とある。 不安定で揺れ動き、移り変わる状況に振り回されるので なく、主に信頼し、「その仰せ」不変の御言葉を握る時 に、平安の中に守られる。 ------------- 自分は主によって救われ、守られていると確信し感謝し て生きる人生は何と幸いだろう。危うく弱い者であって も主の御約束がある。御言葉に立っていたい。