2011年03月23日(水)

「彼がしばらくの間あなたから離されたのは、たぶん、あなたが彼を永久に取り戻すためであったのでしょう」ピレモン15



ピレモンの奴隷オネシモは、主人のものを盗み、逃亡した。ローマで捕まり獄中にいた。そこでパウロに出会い、回心した。当時、主人には、逃亡奴隷を死刑にする権利があった。そのため、パウロはピレモンに執りなした。損害は自分が償うので、オネシモを赦して欲しいと。状況的にはそのようだが、神の視点に立つ
と、全く別の見方になる。

オネシモは悪事を働き、罪を犯した。それゆえ、ローマに逃亡する事になった。しかし、そこでパウロに出会えた。災いが益とされる。オネシモは悔い改め、主のものとされた。神の見方によるなら、オネシモがピレモンのもとを離れたのは、主にある愛する兄弟として、永久に取り戻すためとなる。神の見方で状況を、人
生を見て行くなら、どんなに救われるだろう。

ヨセフも同様だ。自分を妬み、悪意でひどい事をした兄たちに「あなたがたは悪を計ったが、神はそれを良いことのための計らいとされた」と言った。悪意をも神は最善への計らいとされる。先にヨセフをエジプトに送り、総理大臣とし、大飢饉の中、一族の命を救うようにされた。

どんな最悪の事態、状況をも、神は最善へと導かれる。今、深い悲しみ、苦しみ、辛さの中にあるなら、神を信じていよう。その苦しみから、必ず素晴らしい祝福へと導かれて行く。
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人の言葉や状況で不安になる時も、神様とみことばを見るなら必ず平安になる。神様はすべてご存知だから、みことばに踏みとどまり、今の恵みと先に来る恵みを喜んでいよう。