2016年02月21日(日)

「さばいてはいけません。さばかれないためです」マタイ7:1


「さばいてはいけません」、人を裁くなと、主は言う。しかし、物
事を判断することは大切で、事実を正しく判断することと、さばく
こととは別物だ。「実によって彼らを見分けることができるので
す」と、識別するようにとも言われている。裁きと見分けることと
は別のことだ。

ちゃんとした批判的精神は必要だが、なかなか正しく批判できない。
なぜなら、心の状態に左右されてしまうからだ。相手が嫌いなら、
正しく批判することは難しい。感情が入ってしまう。心の底に主の
愛があれば、正しく批判する事ができて、更に良いものに建て上げ
ることができる。

心は外側から見えないが、心にあるものが、人の口から出ると、御
言葉は言う。内側を隠し、外側を繕っても、心の内の事が表に出て
しまう。心が、言葉になって、行動になって、外側に出る。だから、
心が何より大切だ。「外側から人に入ってくる物は、人を汚すこと
ができない」「人から出るもの、これが人を汚す」内側から出るも
のが問題だ。

心の内に、妬み、憎しみ、裁き、敵対心があるなら、それが梁にな
ってしまう。大きな梁によって、目がふさがれてしまい、何も見え
ない。内側にある悪いものを、たえず主の前に差し出し、赦し、き
よめていただこう。その梁を取りのけて行く時、はっきりと見える。
そして、正しい、御心にかなった判断をして行ける。

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心に苦いものがある時は、判断を間違ってしまう。正しい判断が不
可能だ。まず、心探られ、苦いものを、主の光に出していただき、
悔い改めて行こう。その時、はっきり見えて、主のために用いてい
ただける。