2017年01月23日(月)

「あなたのみこころを行なうことを教えてください。あなたこそ私の神であられますから」詩篇143:10



ある若い宣教師が、発展途上国の宣教地に赴任した。慣れない生活
習慣、言葉、気候、文化に大変な苦労をした。カルチャーショック
で落ち込み、母国を遠く離れた寂しさや孤独感にも襲われた。生活
習慣が全く異なり、無意識にも、身に培われた今までの価値観で量
るので、しょっ中イライラし、怒りすら出て来る。

自分の思い通りに事が運ばないので、傷ついている事にも気づかさ
れた。イラ立ち、怒り、失望、落胆、挫折感・・平安とはほど遠い
ありさまだった。落ち込んでしまう事が度々だった。しかし、目を
主に向け、神視点に立つ時、見方は全く変えられるのであった。こ
れら一つ一つの出来事は、自分の砕きのためだった。

どこまでも自分の思いは強く、宣教活動も、一つ一つの対応、対処
も、自分がベストと思う方法でやりたい。その「自分の」思い、
「自分の」方法が砕かれて行くのがわかった。何一つ自分の思い通
りにならなかった。主からの訓練であった。そんな中で、自分のし
たい事をするために、そこにいるのではなく、神のなさりたい事を
神がされるために、自分がそこにいる事に目が開かれた。

主に今一度、自分自身を明け渡した。その時に、自分の思い通りで
なくとも、主のみこころが成されて行く事、そのために自分が用い
られている事に喜びを感じる自分にされた。そこに立つ時、状況が
どうであれ、心平安に対応できるようにされて行った。
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出口の無い苦しみの中で、主に呼び、主に訴え続けるダビデの姿に
幾度も慰め学ばされる。肉の思いやサタンの攻撃ですぐに目の前が
曇ってしまう。あなたこそ神であり、行く道を教えてくださいと朝
ごとに主に聞いていきたい。