2017年02月20日(月)

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」ローマ8:28

ある人が、子供の頃から優等生だった。成績も良く、学校や親戚や
近所の人々からも、皆に、「良い子」と言われて育った。常に誰か
らも良い子と言われるので、自分でも良い子だと思っていた。非行
に走るわけでなく、別段、悪い事もせず、人からの評判も良く、良
い人間だと思い、大きくなった。

ある時、友人に誘われて、教会へ行く機会があった。そこで話され
た「罪」ということが、まるでわからなかった。自分は良い子であ
ろうと、懸命に頑張って来た。人よりましで、良い人間だと信じて
いたので、「あなたは罪人です」と言われた時に、ムッとなった。
そんな中で、受験を迎え、通ると思っていた志望校が不合格だった。
そして友人が合格した。

その時に、妬みがうずを巻いた。プライドがあり、表には出さない
が、妬み、羨望で、絶対に喜ぶ者と共に喜ぶ事など出来ない。友人
を祝福できない自分を知った。心は苦いものでいっぱいで、悶々だ
った。その時に、「罪」という事がわかり、紛れもなく、自分が罪
人であることがわかった。その時に主を信じ救われた。罪を悔い改
めた時に、苦しかった心に平安が来た。

次志望校に入学し、主の導きにより、そこで聖書研究会を開く事が
できた。救われる人々が起こされて行き、すべてが主の導きである
事に思いが至り、感謝が溢れた。不合格が、結果的に大きな祝福と
なり、万事益を見せられた。私たちの信仰人生も、一つ一つのピー
スに意味と目的があり、主の御手により、ピースが埋められて行く。
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悔い改めのとき、また試練を抜けた時も背後で導かれた神を知って
深く感謝する。人も状況も全てを用いられるのは神であるから、例
え今は分からなくてもすべては良いことに進むと確信し励まされる。