2017年12月23日(土)

「それで、彼は行って、主のことばのとおりにした」T列王17: 5



「彼に・・主のことばがあった」、エリヤはケリテ川に行くように言
われた。「彼は行って、主のことばのとおりにした」、示された通
りに、ケリテ川へ行き、そこで養われた。飢饉のため、その川が枯
れた時、「彼に・・主のことばがあった」、ツァレファテへ行け、や
もめ女に命じて養うと。

「彼は・・出て行った」、その町へ行くと、やもめ女に出会った。そ
こで彼女に水とパンを求めた。すると、彼女の悲惨な状況が発覚。
最後の一握りの粉でパンを作り、母子で最後の食事をして死のうと
しているという、何という事だろう。目の前の人物は、人を養う事
など到底不可能だ。しかし助けを求めなければならない。人間的に
考えるなら、その最後のパンを自分にくれとは、とても言えない。

しかし、エリヤは見えるところでなく、情でも、思いでもなく、信
仰に立ち、ただ御言葉に従った。まず自分にパンを作り、その後に
あなた方のために作るようにと。そうするなら、飢饉が終わるまで
粉は尽きず油は無くならないと。彼女はエリヤの言葉に従った。す
ると奇跡が起きて、母子は飢饉のまっただ中で豊かに養われた。

それは母子のためでもあった。神を第一にして従う時、神の栄光を
見る。自分の思いや、見えるところが正反対であっても、神の言葉
に、信仰によって従おう。「主のことばがあった」「主のことばの
とおりにした」。その時大きなみわざを見る。

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主の言葉を、御霊の語りかけを、スルーし、ないがしろにしていな
いだろうか。今、目の前に示しがあれば、従えるよう祈ろう。主の
ことばの通りにする時に、次の展開がある。ぐずぐずしていると、
御霊の示しは消えてしまう。一歩、歩を進められるよう祈ろう。