2026年08月23日(日)

「良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれ を悟る人のことで、その人はほんとうに実を結び、 あるものは百倍・・実を結びます」マタイ13:23 



ある人が、ある時、御言葉を聞く姿勢が、ずっと
間違っていたと、気づきが与えられた。「御言葉
を聞く事は嫌でなく、いつも聞いていた。だが、御
言葉と同時に、自分の思いが必ず来る。肉の思
いだ。「そんな事をしていては、世の中でやって行け
ない。浮いてしまうし、摩擦が生じると」。

「又、人を赦したり、愛したり、そんな難しいことは、
到底無理だ。できっこないと。その否定する思い
の方を受け入れていて、御言葉を捨ててしまって
いた」と。それも今まで全く気づかなかったと。御
言葉を聞いているつもりで、肉の方を選択してい
て、御言葉を捨てている。だから、ずっと霊的な
事柄が、なかなかわからなかったと。

聞くと同時に「そう思えない」「自分はこう思う」と、
自分の思いの方を正しいとするので、結局、御
言葉の上に自分を置いて、自分が判別し、心に
入れたり、捨てたりしていた。そういう事にも全く
気づかなかった。自らを主の真実な御言葉の下
に置き、へりくだって「従います」の態度で聞くの
ではなく、ためになるお話、良いお話ぐらい感覚、
傍観者的に聞いていた。

それなら、右から左へ流れるし、自分の都合の良
い言葉だけを聞き、不都合な言葉は流す。結局、
自我が強固で、自分が変えられる事がない。自分
の思いを捨てて、御言葉の方を選び、従って行く
時に、砕かれて行く。自分が変えられて行く。自
らの聞く姿勢、態度を御霊に探っていただこう。豊
かな実を結ぶために。土地である心は、非常に大
切だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
御言葉がわかるのは、御霊の働きだ。御霊が解き
明かし、生きた言葉として下さる。蜜よりも口に甘く、
慰め励まし、又、戒め、矯正とされる。そのために
自分を明け渡して行けるよう祈ろう。