2005年08月23日(火)

「ある人たちは、正しい良心を捨てて、信仰の破船に会いました」(Tテモテ1:19)

船は突然海路を離れる事は無い。潮流により少
しづつ進路がずれている。気づかぬ内に漂って
しまっている。信仰生活の同様だ。
突然離れる事は無い。少しづつ少しづつ基準が
あいまいになり妥協し始める。少しづつなので
大きな罪意識も無い。僅かに漂いつつ離れて行
く。世の快楽で興味が一杯になり、生活からデ
ボーションが失せる。興味が次々とあちこち向
くので重いが世にどっぷり浸かってしまう。
流されていて気づかない。私達の状態はどうだ
ろう。聖霊は気づきを与えられる。
流されている事に気付けることが感謝。祈りと
御言葉から離れてはならない。霊的破船から守
られる。この世の誘惑と肉の欲望は凄まじい。
霊的食欲が減退していたら要注意だ。
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神様との交わりがなくなっている時、御霊様の
導き、促がしを感じる。そのときの選択が問題
だ。一歩、一歩と離れて行くか、一歩また神様
の御側に近く寄るか。