2001年06月23日(土)

「わたしを呼べ。そうすれば、あなたに答え、あなたの知らない理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう」(エレミヤ33:3)

子供というのは、小さい頃何でも自分
でしたがる時期がある。親が手を出す
のを嫌がり、自分でしないと気がすま
ない。シャツを自分で着替え、後ろと
前を逆さに着たり、靴を左右反対に
履いたり、ハサミを持って危なっかし
い様子で、紙を切りたがったり。親は
忍耐して見守り、助けが必要であり
求めてくれば、助けるだろう。シャツ
を前後きちんとしてやり、処理してや
る。しかし、大人も同じである事に
気づく。試練が来ると、自分で対処
しようとしている事に気づかされる。
憂鬱な気分に陥る時、神に助けを
求めるのでなく、自分で明るく考え
ようとする。失望落胆する時は、自
分で明るく考えようとする。失望落
胆する時は、自分で気を取り直そ
うとする。「自分で」しようとして
いる事に気づく。あなたは、自分で
しようとしていないか。そうではな
く、神に助けを求めよ。子供が自分
でする事、親が待つように、神があ
なたが助けを求めるのを待ってお
られる。