2007年03月21日(水)

「さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった」民数記12:3

謙遜=柔和の代表と言われるモーセ。し
かし、最初からそうではなかった。始め
の40年は王家の王子として過ごした。
人々からもちやほやされるが、事実、あ
らゆる学問を身につけ、言葉にもわざに
も力があり有能な人物であった。自分を
いっぱしと思い、同胞を救う力があると
思い込んだが、皆の理解は得られず、結
局ミデアンの地に逃げ延びることになっ
た。見渡す限りの荒野で、何も無い所で、
モーセは羊飼いとして生活した。王家の
王子が、荒野で一介の羊飼いとなった。
自分の無力に打ちのめされた。何一つ出
来ない全く力の無い自分を見せられ続け
た。名誉、地位、富、人からの称賛、高
慢、プライド、輝かしき将来、すべてを
はぎ取られたのだ。しかし、これこそが
モーセの真の富となった。荒野の訓練の
中で、自信に満ちたモーセは砕きに砕か
れ、柔和な者と変えられて行った。神は
高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みを
お授けになる。これは普遍の原則だ。モ
ーセは荒野で砕かれ変えられ整えられ、
40年の後、間に合う器として、出エジ
プトという偉大な働きのために用いられ
た。神はへりくだった者を用いられる。
信仰の一番の妨げは高慢だ。今、荒野に
いるなら、大きな祝福の一歩手前だ。へ
りくだって神に従おう。
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信仰生活の妨げはひたすら高慢だ。自分
をいっぱしと思い、ひとかどと思い、人
よりはましと思う高ぶり。困難や訓練の解
答はへりくだりだ。悩み苦しみにより低く
して下さる。それが真の祝福の道だから。