2026年08月11日(火)

「ヨシュアは着物を裂き、イスラエルの長老たちと いっしょに、主の箱の前で、夕方まで地にひれ伏し、 自分たちの頭にちりをかぶった」ヨシュア7:6


ヨシュアに率いられた民は、カナンの地に入り、進軍し
て行った。アイへの偵察隊が「二、三千人で大丈夫」と。
それで三千人を戦いに出すと、想定外の散々な敗北だっ
た。民の心はしなえ、水のようになった。勝利を何の疑
いもなく信じていたので、大変なショックで、動揺した。

主の大きな奇跡でヨルダン川を渡り、エリコ城壁崩壊の
大勝利を収め、勝利に次ぐ勝利だ。大いなる神のゆえで
あり、周囲もそれを認め、非常に恐れた。その事がヨシ
ュアの拠って立つところだった。この敗北の事実が、そ
れらをなし崩しにする。主の御名はどうなるのか。

敵の前での、この敗北は周囲にどうなるのか。敵は恐れ
が無くなるではないか。恐くも、何ともない。ヨシュア
は、「なぜですか!」と御前にひれ伏し祈った。「大い
なる御名のために何をされるのか」と。だが、「大いな
る御名」こそが、この敗北を与えた。

全能の神は、「聖い」神だ。「聖さ」に関心を持たれ、
聖さゆえに、罪のあるところに働かれない。聖く無い所
では、むしろ敗北の方が、神の栄光が現われる。妨げは
神の側でなく、民の側にあった。神との間が正しければ、
アイでも勝利していた。

神は、罪を示し、アカンの密かな罪を明かにされた。そ
の罪が除かれた時に、再びアイに上り、完全勝利が与え
られた。罪は、神との仕切りとなり、平安を失ってしま
う。私たちには主の血潮がある。今すぐ主のもとへ行き、
告白しよう。主は赦しを与え、平安を戻し、私たちは赦
された喜びに溢れる。
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もし罪はないと言うなら自分を欺いていると言われる。
十字架による恵みに感謝し、神との間の仕切りになる罪
を告白し悔い改めながら、新しく歩む者でありたい。