2026年01月08日(木)

「・・この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たち に与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているか らです」ローマ5:5


御言葉は、どんなに苦しい試練であろうと、必ず「希望」へ至ると
言っている。試練が忍耐を生み、忍耐が練られた品性を生み、その
練られた品性が希望を生み出すと。患難は主から来る。その患難が、
私たちの人格を練り上げてくれる。そしてその人格は、主の似姿へ
と造り上げられる。最後は、必ず希望へと至る。

霊の目で見る時、患難は、大きな祝福だと。しかし、世の価値観で
はどうだろう。患難は、不幸な事であり、不運であり、悪だ。その
ため、避けたい、逃れたい、受け入れられないものだ。試練の度に、
「何で?」「どうして私に?」となる。ご利益宗教なら、あっては
ならない事だ。

悪い事が無いための信心なので、病気やけが、苦境や悩み、問題が
起きるなら、何のための信心かという事になる。別の神に移るだろ
うか。しかし御言葉は、全く違う事を言っている。患難を喜ぶと。
私たちの生きる目的は、何だろう。商売繁盛、無病息災、家内安全
だろうか。富を増やすこと、人々から賞賛を受けること、平穏無事
な一生を送ることだろうか。

又、自己実現だろうか。それなら絶対に患難を喜ぶ事はできない。
ましてや患難に希望を見出すことも無い。しかし私たちは、聖霊に
よって注がれた神の愛によって、患難さえも喜んで行けるようにし
て下さる。御霊の働きだ。患難により、御子のかたちへと造り変え
て下さる。何と嬉しい事だろう。
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主の恵みを知っている者は、どんな場合でも恵みを信じることが出
来る。神の愛が御霊によって注がれているからだ。主に頼り、希望
を繋いでいける。

★主が与えてくださった新しい年に感謝し、今年も朝毎に主から新
しい力を与えられて歩める恵みに感謝いたします。本年も宜しくお
願いします。