2010年08月22日(日)

「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな」箴言3:5



私たちは、毎日毎日、日常生活で、様々な事態が起きる中で、一つ一つ判断し決
定が必要だ。家庭において、仕事において、対人関係や、進路において。何を優
先するのか、右と左、どちらを選ぶのか、進むのか、退くのか。

その一つ一つの具体的な選択をする事において、誰を主にしているのかが、明ら
かになる。あなたは、日々どのようにして判断しているだろう。自分の考えと意
志と判断で選んでいるなら、主人は自分だ。

人の考えを参考にするのは良いが、いつも第一にし、人を頼り、人に言われるま
ま、人の判断を自分の判断としているなら、主とは他の人になる。一つ一つの判
断をまず祈り、主に頼っているなら、主イエスが、自らの人生の主だ。

いつも誰の目を意識して生きているだろう。自分の思いばかりがあり、自分の思
い通りにだろうか、又、いつも人の目を気にしているだろうか。そうすると、人
の目に映る自分を生きてしまう。それなら、人が神となり、主をしもべにしてい
る事になる。

毎瞬、毎瞬、何によって判断しているか振り返ってみよう。「イエスは主」と告
白しているなら、頼るべきは主であり、日々の目の前の判断を主に拠り頼もう。
主の御心の中へと導かれ、主と一つ心で歩むことができる。そこに真の喜びと安
らぎがある。

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日々の生活、何を根拠に判断しているだろう。自分の思い、考え、価値観だろう
か。そこに主を認めて、主を見上げ、御言葉を判断の根拠にしているだろうか。
判断の際に、「神様」と見上げ、祈り心で対処して行こう。そこに主が働いて下
さる。