2011年11月21日(月)

「ここに、サタンがイスラエルに逆らって立ち、ダビデを誘い込んで、イスラエルの人口を数えさせた」T歴代21:1


人口調査は罪なのだろうか。国民の数や状況を知る事は、国家運営上必要だ。主が生まれた時に、ローマ皇帝アウグストも人口調査を命じている。これは住民から税金を取るためだった。ダビデがした調査の報告は「剣を使う者がイスラエルに110万、ユダに47万であった」とあり、何のための人口調査であったかが示されている。

つまり「徴兵可能な兵士、戦力を知るため」だった。ダビデは兵力を調べ、軍事力を把握しようとした。神よりも兵力に拠り頼んだことが罪であった。それはイスラエルにとっての戦いが「あなたがたの戦いでなく、神の戦い」であったからだ。神ご自身が戦われ、勝利を得られるのは神であった。

勝利は軍事力ではなく、神によって与えられる、人間の力で得るものではなかった。それゆえ、兵士の数を数えることは、神の力に拠り頼むのではなく、自分たちの力で、戦おうとの考えの現われであった。神に拠り頼まない高慢の罪であった。自らの力として軍事力を誇った。しかし、これまでの勝利は、全面的に神から与えられたものであった。

高慢により倒れた人は少なくない。しかしダビデは、自らの罪に気づき、心底悔い改め、主に委ねた。サタンは高慢に誘惑して来る。神の栄光を自分の栄光とし、慢心してしまうとサタンに誘い込まれてしまう。すべては神から与えられたものだ。
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根強い高ぶりの根はすぐに自分の栄光を数えて行く。サタンに用いられて気づく。神が見方でないなら勝利はない。恵みを絶えず数え感謝を献げていよう。