2016年08月22日(月)

「わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです」ヨハネ15:5


ある宣教師が、遣わされた地で懸命に働いた。当初は、宣教への大
きな期待と喜びで一杯だった。数年間よく燃えて労したが、その内
に、目に見える成果が無いと、失望し落ち込んだ。又、全く自分の
思い通りでない状況に、焦り、イラ立ち、不安になり、思い煩った。
次々と様々な方法を試行錯誤するが、結果が無い。

年数の経過と共に、とうとう燃え尽き症候群に陥った。その落ち込
みのどん底で、責めず、さばかず、愛し慈しんで下さっている主に
出会った。そしてその時、自分の姿がはっきり見えた。今まで、主
のために一生懸命であったつもりが、実はそうではなく、自己満足
のためだったと。自分の充足感に突き動かされて、自分の力と自分
の方法で懸命に動き回っていた。

主のためと言いつつ、実は自分のためであったのだ。だから成果が
出たら喜ぶが、成果が無いと落ち込み、いつも平安が無い。絶えず
アップダウンはなはだしい。平安などほど遠い。悔い改めて、今一
度すべてを明け渡した。主は、再び、建て直して下さった。今度は、
外側は同じだが、神と共に、神の力によって働いて行った。

以前と、同じ事をしているのだが、そこには、内側に主と一つであ
る喜びがあり、結果に関係なく、左右されない、揺るぎない平安が
あった。成果が目的ではない。主と一つであることだ。
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弱いところは頼れても、自分に力があれば自分の意欲や力で動けて
しまう。それこそが弱点だと主は気付かせてくださる。全ての道に
主を認めて喜びをもって歩もう。