2018年01月22日(月)

「いや一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです」ルカ10:42


マルタとマリヤ、二人共同じように、主をもてなし、大歓迎したい
と思っていた。その歓迎の形が違っていた。マルタは綺麗に掃除を
し、家を整え、最高の料理でもてなしたいと思った。マリヤも主を
歓迎し、主の足もとに座り、主の語られる言葉に真剣に聞き入った。
マリヤは一言も逃すまいと全身全霊で聞いた。

マルタは、食事の時刻も迫って来る中、手は足らず、思うように準
備が進んでおらず、焦り出した。だいたい妹は何をしているのかと
見ると、何もせずに座っている。何もしていないではないか。マル
タは不満が爆発する。自分だけてんてこ舞いなのに、妹は手伝いも
しない。ムッとする。

それを許している主にイラ立ちが向かう。主よ、この状況を何とも
思われないのかと、主を責めて行く。私を手伝うよう、妹に言って
くれと、主に指図までする。主をもてなしたいとの良い思いが、周
囲を責めて、裁いて行く事になり、何のための奉仕かになってしま
う。本末転倒となる。

もてなしは必要で大切な奉仕だ。主はそのもてなしを喜んで下さる。
しかしマルタは、主をお喜ばせしたいと思ったが、自分の思いで、
自分の方法で、自分の力で行なった。自分の強い思いがあり、思い
通りにしたい。これなら、自分が主の上に立ってしまう。自分の力
で行なうと必ず不満が出て、周囲を裁いて行く。

私たちも、時々間違う。主は、必要な事は一つと明言された。あれ
もこれもと言われない。一つだけと。まず動くのでなく、まず座っ
て「主に聞く」、主と交わって始める。これが第一だ。
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孤軍奮闘している時は、自分の計画、自分の段取りと自分、自分に
なってしまう。最優先は何か、主の喜ばれることを祈って動きはじ
めたい。主と共に柔らかな心で伸び伸びと動き出そう。