2026年01月22日(木)

「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いこと のための計らいとなさいました」創世記50:20



ヨセフの苦難に満ちた人生はよく知られている。兄たちにひどく妬
まれ憎まれ、隊商に売られた。家族から引き離され、全く見知らぬ
異国の地エジプトへ。ヨセフはどんな思いだったろう。しかし「主
がともにおられたので」それゆえ現地で、主人の好意を得、大きく
祝福された。

しかし主人の妻の悪意により、無実の罪に陥れられ監獄に。異国の
地で、投獄の身になり、それも無実であり、ヨセフの心はいかばり
だったろう。しかし尚も「主はともにおられ」恵みを施され、ヨセ
フは監獄長の心にかない重んじられた。絶望的な状況の中で、「共
におられる主」を信じて、ヨセフは失望せず、腐らず、投げ出さず、
主を見上げ、その場〃で、自分にできるベストを尽くして行った。

すべてが、主の主権と御手の中にある事を信じたから、主に委ねる
事ができた。結果的に、大いなる神の摂理のゆえ、先にヨセフがエ
ジプトに遣わされ、世界的飢饉の中、ヤコブと一族を救うことにな
る。こういう事だったのかと、パズルが埋まる時、神の壮大なご計
画が見えて、神の栄光が現れる。

ヨセフは、兄たちへの憎しみや責めはなく、「私をここに遣わした
のは、神」と信仰に立って捉える事ができた。「あなたがたは、私
に悪を計りました」と、はっきりと兄たちの悪だと言い、しかし神
はそれを益とされたと。ヨセフの信仰だった。人生に起きる出来事
を、神のメガネで見てみよう。今までわけがわからなかった事柄に
光が差し、神と、そのご計画が見えて来る。
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明日を知ることが出来ない者だからこそ、主に信頼できる恵みを感
謝しよう。なぜ、どうしてと不安になるが、時が経つと全てが主の
摂理であったとわかる日が来る。主に視点を合わせていよう。