2026年05月22日(金)

「この地にはききんがあったので、アブラムはエジプトのほうに しばらく滞在するために、下って行った。この地のききんは激し かったからである」創世記12:10



カナンに入り、ネゲブへと旅をしていたアブラムは、飢饉に遭遇す
る。それを避けるため、エジプトに下った。「あなたの子孫にこの
地を与える」と約束されていたのに、安易にカナンを離れてしまう。
祈らず、主の御声を聞かずにした事だった。エジプト人は、美しい
サライを見て、自分を殺すだろうと恐れた。

そこでサライに妹だと嘘を言うようにと。腹違いの妹であるが、こ
の場合は、故意に妻である事を隠す、嘘であった。主に頼らずに、
嘘で、自分を守ろうとした。主を仰がなければ、次々と肉で進んで
しまう。アブラムが、そんな事をしてサライはどうなるのか。自己
中心、自分勝手な肉の行ないだった。すると、サライはパロの宮廷
に召し入れられた。

パロは、サライのゆえにアブラムを厚遇し、沢山の家畜や奴隷を与
えた。しかしこのサライの危機に際し、主が介入され、パロとその
家をひどい災害で痛めつけられた。主の介入により、サライは難を
逃れ守られた。アブラムと一族は、すべての所有物と共に出された。
信仰の父、信仰の勇者と言われたアブラハムにもこのような失敗が
あった。

飢饉に際して、祈らず、肉の思いと判断でエジプトへ下った。又、
そこでも祈らず、保身に走り、大変な罪を犯してしまった。危機に
際し、まず祈ろう。主が進むべき道を教えて下さる。又、失敗する
なら、そこで主に向き、悔い改め、主の赦しを受けて、向きを変え
て歩んで行ける。
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主から大きな約束を受けていても、危機になれば自分の策を弄して
しまう。肉の思いはいかに頼りないかを学ばされる。主のご計画通
りにはなかなか歩めない者だが、弱さを覚えて主に従いたい。