2006年05月21日(日)

「もし、あなたが・・このはしために男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします」Tサムエル1:11

背景として、イスラエルは士師の時代
であり、その霊的状態は、暗がりにあ
り、人々は主の目に悪を行ない、めい
めい自分が正しいと見える事を行なっ
ていた。神は、新たな霊的指導者を起
こそうとされた。そのために協力者が
必要であった。神はハンナを見込まれ、
胎を閉じ、ハンナの[祈り]を引き出され
た。そして、「その子を一生あなたに
おささげします」と主に献げられた者
として育てる決意へと導かれた。その
祈りに見事に答えられ、サムエルが産
み出されたのだ。ハンナは祈り終え
た時、帰宅して食事をした。痛み、激
しく泣き、悩みと憂いのいただちの、
もう以前の顔ではなかった。祈りによ
って経験する。状況が変わる前に、ま
ず自分の内側が変えられる。御父に自
分を委ねるので、状況は何も変わらず、
尚も試練のまっただ中なのに、心に「
主の平安」が与えられる。祈りは自分
の欲望、願望でなく、神の御心が地上
に成就されるための手段だ。
・・・・・・・・・・・
神はハンナからこの祈りを引き出すた
めに、窮地に追い込まれた。そして、サ
ムエルが産み出された。窮地は神の機会
だ。私達の窮地から、様々なサムエルが
産み出される。神を真に知る時とされる。