2008年11月21日(金)

「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」ヘブル12:2



主の「来なさい」との御言葉を受けて、ペテロは湖の上を歩き出した。
水の上を歩くという奇跡がなされた。ところが風がヒューと吹いて、風と波を見た途端、
恐くなり、主から目を離すと沈み始めた。

何が違ったのか。全く同じ状況で、見つめる対象が違っただけで、沈んでしまった。
私たちも普段の信仰生活で経験する事だ。

主イエスを見て、御言葉にとどまっている時、御言葉が心にしっかりある時は、どんな
苦しい状況の中でも、信仰があり、平安があり、歩んで行ける。

しかし、主から、御言葉から目を離した途端、真っ暗な状況に、辛い状況に飲み込まれ
てしまい、信仰が機能しない。

不安と思い煩いと落胆の大波にさらわれ沈んでしまう。主イエスか、波風か、どちらを
見ているかで喜びと平安で歩けたり、心が真っ暗になりブクブク沈んだりする。

毎日の生活の中でこの明暗が起きている。真っ暗な状況を見ているだけでは、信仰は起
こらない。ますます落ち込むばかりだ。

御言葉を握り、主を見上げる時、信仰が湧き上がる。喜びが来る。
主が信仰の創始者であるので、主を見つめる時、信仰が来る。

自分で頑張って、信じよう、信じようとするのでなく、語って下さった御言葉、約束の
御言葉にとどまる時、主によって「与えられる信仰」が臨む。
-------------------------
御言葉から離れたとたん恐れや不安、妨害を目にする。御言葉と現実のとの間には、必ず
壁がある。だから主から目を離さず信仰をもって、今日も置かれた場所で喜んでいよう。