夫を愛せなかった


アメリカで、夫婦でイエス様を信じて救われた。
しかし、神様ではなく、この世の栄華、富、賞賛を求めて、間違った 方向へ歩んでしまった。教会から離れ、やがて、神様からも離れてしまった。

でも、神様は捕らえていて下さった。心に平安が全く無かった。この世のものは与えられるが、虚しい生活だった。

夫が日本へ転勤になった時、夫婦の仲が、完全に冷めていて、私は来るつもりは無かった。
多分、そのまま別居になって、離婚してた。東京にいた、私の親友の所に寄るように勧めた。
その彼女に、主人が、泣いて心情を吐露したのがショックだった。
私には感情を、全く見せた事の無い人だった。 夫をどんなに傷つけていたか、初めて知った。あの時、夫が親友の所に寄ってなかったら、 確実に離婚していた。本当に不思議でならない。神様が働かれた。

それで、一応、岩国には来たが、形だけは夫婦で、教会にも再び出席し出したものの、自分自身が全く変えられていないから、平安も喜びも無かった。
主人がどうしても愛せなかった。クリスチャンで、何も言う事のない、あんなにいい夫なのに、どうしてかわからない。愛せない。
主人の愛も受け取れない。拒んでしまう。心が冷やかで、自分でもどうにも出来ない。
私が、こんなだから、夫婦でいると、相手の悪い所を、どんどん引き出してしまう。
私の存在が、主人を、より悪くしてしまう。二人で、どちらもが、より悪くなって行ってしまう。そ の事を、ものすごく教えられた。

神様に向いて、従って行かないと、何もかもが悪くなってしまう。従うことの大切さを学んだ。
そして、日本人集会に行くようになって、私が、突然変えられて、アメリカへ来て、更に変えられて、今は、主人を尊敬できるし、好きだと思えるし、愛している。
離婚寸前だったのが、こんなにも導かれて、変えられて、感謝でならない。もう考えられない。

小さい時の、家庭環境から来ている、と気づかされた。
両親がいつも喧嘩していて、父がいつもお酒を飲んで、母に暴力をふるっていた。愛というものが、全くわからないし、知らなかった。だから、 愛し方もわからなかったと、今、わかる。
自分の姿が見えてきて、神様のもとには、必ず解決があることが感謝で ならない。