神様の大きな愛と、沢山の恵みに満ち溢れた、素晴らしいキャンプ゚でした。
5回のメッセージは、全部が自分のために用意されていて、自分だけのためにあるようでした。 置かれている状況や悩みは、一人一人全く違うのに、しかし、ピッタリで本当に不思議です。今回のキャンプは「イエス様ならどうされるだろう?」でした。1回目は、ピリピ2:6ー11で、 「捨てなさい」でした。イエス様は、神様の立場を捨てて、この世界に人間として来られた。 だから、私達も捨てるべきものを、捨てて行く必要があると語られました。
2回目は、「ノーと言いなさい」でした。マタイ4:1ー11で、イエス様は悪魔に対して、はっきりノー と言われた。だから私達も、中途半端でなく、はっきりと「ノー」と言うべきだと語られました。
自分自身も、心に来る誘惑や、悪魔に対して、はっきりノーという事を教えられました。 ここ最近、サタンが心に働いて来るのがよくわかって、祈りを教えられています。
どんなに自分で思っても、考えても、結局、信仰は湧いてこないけれど、 祈った時に信仰と力が湧いて来ます。思い煩いに早く気づいて、祈り事が必要です。 サタンを識別して、はっきりノーと言って歩みたいです。次に2日目です。3回目の集会は「愛しなさい」でした。
マタイ19:13ー15で、イエス様は子供達を愛された方であるから、私達もイエス様のように、 愛する者になろうというものでした。
では、どうすれば、愛せるのか。自分がイエス様のもとへ行って、 イエス様の愛や喜びを受ける事です。イエス様には、愛が溢れています。 又、誰に対しても、イエス様にするようにするという事です。 つまり、相手をイエス様だと思って、接する事です。では、イエス様の愛とはどのようなものか。それは相手の態度によって、左右されない、 自ら出す行為である。イエス様の愛は、一切変った事がない。 愛は感情ではなく、意志、決心だと教えられました。
感情だけでは人生は渡れない。感情ほど当てにならないものはない。 感情的に好きになれなくても、愛するこ事が出来ると教えられました。
又、愛する事で、感情は後からついてくると語られた。 それから、その人がいるから、わかる事があり、感謝すべきだし、 言葉が人生を支配するので、素晴らしい言葉を使って行きたいと思いました。 人を誉めたり、感謝したいと思いました。イエス様が初めに愛して下さったから、自分もその愛を使う事が出来るようになれるのだと思います。
愛は決心であると、強く語られ、招きの時、もうここで前に出なければ、 後悔すると思い、主の強い招きを感じ、出ました。
その時、先生が「神様に招かれているのに、拒む理由は人間には全く無い。」と言われました。聖霊様が強く働いておられ、自分の心にある罪を示されました。
それをサタンの攻撃だと思っていました。サタンのとがめと、聖霊様のとがめは、酷似していて、 心の中で判断出来ませんでした。自分と神様の関係を正しくしなければ、 自分はもう生きて行けないと思いました。夜は、4回目の集会でした。マタイ26:36ー43で、「YESと言いなさい」でした。
ゲッセマネの祈りの箇所でした。イエス様は、神様のみこころに対して、 はっきりと「YES」と言って従われた。 だから、自分も、神様に対して、はっきりと「はい」と言って、従いたいと思った。3日目です。最後のメッセージは、申命5:15、8:11ー20でした。
その朝も、メッセージを楽しみにし、「主よお語り下さい。しもべ聞きます」と、祈って臨みました。
「あなたがたは、エジプトの地で奴隷であった事を忘れてはならない、 神様が救って下さった事を忘れてはならない」でした。地獄へ行って当たり前の者が、イエス様の十字架により救われたことが、改めてわかりました。 又、イエス様の十字架以上に、苦しいことは無いこともよくわかりました。
そして「自分の信仰で歩みなさい」と言われました。モーセはヨルダンを越える事が無かった。
でも、イスラエルの民はヨルダンを越えて行った。親の信仰や、先生の信仰でなく、 自分の信仰で歩みなさい、という事でした。招きの時、心が熱くなって、はっきり聖霊様が促しておられること、招かれている事がわかりました。
でも、心の中で「もう昨日、前に出たし、心の中で決心しよう。何回も出るのは恥かしいし・・」 と葛藤がありました。
でも、いたたまれない気持ちになって、前に出ないと絶対に後悔する、 そして、こんなに招かれているのに、出ないと恐いと思い、前に出ました。でも、それは、決心を確かなものとするため、又、皆に祈ってもらうためだと、わかりました。
その時は、何がなんだかわからず、導かれるまま、出たのですが、主がはっきりと示して下さいました。
もう、とにかく自分のためにあったような、キャンプでした。 始めから終りまで、主の御臨在の中で、行なわれ事がすごく感謝でした。