はじめまして,そうです!




そうくんのデータ
出生体重:3,266g
妊娠期間:40週0日
分娩時間:7時間37分




出産報告

「お産近し」の徴候を感じ始めたのは9ヶ月の後半から臨月に入る頃、お腹の張りに始まって、腰の痛みなど色々じわじわと現れてきました。
38〜39週は前駆陣痛の日々、かなり規則的な張りや痛みが続くことがありました。検診でも「赤ちゃんはとてもよく下がっていて、子宮口も薄く柔らかくなってきている」とのことだったので、予定より多少早く生まれるかも・・と思って過ごしていました。(赤ちゃんの下がりが良かったのは、やっぱりお散歩効果だと思います)


○予定日2日前


前駆陣痛が続いて寝不足になったり、日々ちょっと緊張感もあったりして、それでも本格的な陣痛ではなく、気持ちがやや不安定になってしまい、これではダメだなぁ〜
と思い直して、気分転換しようと朝からお菓子作りをしました。
そして、メルマガのバックナンバー(40、43号)を読むと、前駆陣痛はお産の準備として大事なプロセスなんだと改めて気づき、赤ちゃんからのメッセージにしっかり応えてあげていなかったなぁと反省・・・。


○予定日前日


お菓子作りのおかげで充実した気分でぐっすり眠ることができ、朝の6時半、おしるしの出血が始まりました。いよいよかもしれないと思いながらも、10〜15分程の不規則な痛みが来たり去ったりする中で、いつもどおり家事などしながら過ごしていました。午前中に、三陰交に17壮、至陰に5壮いつもどおりお灸をすえました。

出血はとまらず、今日は一度診察に行った方がいいなあと思いながら、お昼頃痛みが引いてしまったので散歩を兼ねて買い物にでかけ、夕方、病院に連絡して診察を受けに行くことにしました。

診察の際、「今晩は普通に入浴していいでしょうか」ということを確認して帰宅するつもりだったのが、「赤ちゃんがよく下がっていて、準備状態がいいのでこのまま入院しましょう」と言われ、びっくりでした。思いがけず、元気にぴんぴんしている状態での入院となって夫と笑ってしまいました。夜8時まで夫は付き添っていてくれましたが、本格的な陣痛の気配はなく、私1人陣痛室に泊まることになりました。

ベットで静かに横になったり、窓の外を眺めたりして、1人でちょっと寂しいな・・
と最初は思ったのですが、家にいるのと違って、ただただ時間がゆっくり流れていく中で、夫と出会った頃のこと、結婚までのこと、結婚してからのこと、いろいろ思い出しているうちに、とての贅沢な時間だと感じられました。

そんな時間を過ごしていると、午後9時半すぎから10分を切る陣痛が始まりました。
10時半には5分間隔になり、分娩開始になりました。最後の最後にベビーが贅沢な時間をプレゼントしてくれて、その時を待ってお産が始まったかのようで、本当に不思議です。

痛みはどんどん強くなって、11時過ぎ、持参していた「センネン灸太陽」を三陰交に貼付けました。(家にいる時陣痛か破水が始まったら、小灸をすえて病院へ・・と考えて準備も万端だったのですが、思ったとおりにはいかないものですね)


○日付けが変わって予定日当日

深夜1時半には3〜4分間隔になり、助産婦さんがつきっきりで腰をさすってくれていました。そのうち1人で痛みと向き合うのが厳しくなり、2時すぎ、夫を呼んでもらいました。枕元に座った夫にしがみつき、助産婦さんに腰をさすってもらいながら、痛みがくると「あーあー」と大声をあげないと痛みが凌げない状態でした。

助産婦さんは、特に呼吸法など指示することもなく、私がしたいがままに大声を上げている中、私のペースに寄り添ってくれて本当に安心感がありました。この頃で子宮口は4センチ開大、その後、自然に破水し、4時前までに一気に全開大になりました。

そして4時過ぎ、分娩台に移りましたが、分娩台に上がってから1時間半ほど、私の記憶はややとびとびで、短い時間に感じられました。夜通しの陣痛で消耗していたのか眠気がきていて、陣痛間隔もまた5分ほどにあいてきていたので、痛みの波の間にうたたねをしていたからです。

覚えているのは、「楽な体勢でいいよ」ということで横向きになっていたこと、「陣痛が強まるのは午前2〜3時と6時頃だから、6時頃生まれるかもしれないね」という助産婦さんの言葉、痛みの合間は嘘のようにラクで「不思議なものですねー」などと助産婦さんと会話していたこと、それでも時々強い痛みがくると「あーー」と絶叫してしまうほどで、次の痛みで腰が砕け散ってしまうのではないかと思ったこと・・
などです。

5時半ごろから、助産婦さんの予言どおりお産もクライマックスになり、いきみ始めました。これまでの助産婦さんに加えて、そばに看護婦さんもついてくれました。途中、おっぱいのマッサージをしてくれて(お産の進行のためと、産後のおっぱいのためと両方の意味だと思います)、「飛ぶほど(おっぱいが)出てるよ」。

分娩室は朝日が入ってすっかり明るくなっていました。急がずじっくりがんばってきて、そして6時4分、頭と一緒に体も元気よく出てきました。元気な産声がきこえ「あーよかった」と思いました。

さっと体をふいただけの赤ちゃんが、すぐそのまま私の胸元にきました。その暖かさと柔らかさは、日々記憶が薄れていってしまうのが恐いくらい、今までに経験のないものです。赤ちゃんは、両目をしっかりあけて、私を見てくれました。その瞳に、私の顔が映っているのを見た時の気持ち・・。そして、しっかりおっぱいを吸ってくれました。しばらくこうして私と赤ちゃんは一緒の時間を過ごし、そのあとで計測など
のために私のもとを離れていきました。生まれて数時間しかたっていないとしても、あの柔らかさはもう消えてしまうものだと思います。本当に「生まれたての赤ちゃん」は特別なものだと感じました。

胎盤は、赤ちゃんが出たあとわりとすぐにずるずると出てきました。普通は600グラムぐらいだそうですが、800グラムもあって「大きい胎盤ですよ〜」と言われました。見せてもらえて、満足でした。
その後、私が朝食を食べたりしている間、夫と赤ちゃんと3人だけの時間をすごし、病室に移りました。


初めてのお産で、痛みは想像以上のものでしたが、信頼できる人に付き添われ、何から何まで自然な運びでお産が進んでくれたおがけで(そういう運びになるようケアして頂けたおかげで)、大満足でした。

なにより、妊娠中からお産の時を楽しみに思い、日々過ごす事ができたこと、本当に良かったと思っています。寺子屋のみなさんとの交流のおかげです。

今回私がお産した病院は、年間1000件のお産がある病院なので、自分の時にどの先生や助産婦さんが付いてくれるのかはわかりません。そんな中「安産をサポートしたい」という病院側の配慮もしっかりしていましたが、私の方からも、できるかぎり希望を伝える努力はしました。体創りも含め「事前にやれることはやっておこう」ということが実を結んでくれたという満足感に、いろいろな幸運も重なってくれました。

母子同室だったので、お産当日からおっぱい、オムツが始まりましたが、元気に過ごすことができました。
今、育児の日々ですが、子どもの瞳に自分が映っているのを見ると、最初の瞬間がふっと思い出されます。

きま




赤ちゃんお披露目のトップに戻る  トップページに戻る