直接税中心主義のゆくえ       関西大学経済学部教授    橋本恭之
1.はじめに
 シャウプ勧告がわが国の税制の近代化に果たした功績はいまさら指摘するまでもない。その基本的理念は、「包括的所得税論」にもとづく直接税中心主義である。勧告では総合課税を徹底し、資産所得を原則課税とするなど課税ベースを拡大する措置が提案された。課税ベースの拡大に伴い、累進度の緩和が図られた。しかし、その後の税制改正の中でその理念は骨抜きにされていった。
 21世紀を迎えるにあたっては、このシャウプ税制への回帰をはかるべきなのだろうか。いま我々が置かれている経済状況は、あきらかにシャウプ勧告当時とは異なる。当時のわが国は戦争によりすべてを失った大多数の人々と戦火を免れたほんのひとにぎりの地主、資本家が存在する状況にあった。一方、現在のわが国の経済状況は、バブル崩壊以降の平成不況の中にあるとはいえ、戦後とは比べようもないほどの経済発展を遂げ、所得水準は大幅に引き上げられ、所得格差も平準化してきた。また、近年における出生率の低下は、少子高齢化社会の到来を加速している。このような経済環境の変化にあわせて、税制の設計も当然見直されなければならない。
 いま、日本経済は短期的には平成不況の脱出、長期的には「高齢化社会への対応」「地方分権化」という政策課題を求められている。最近の税制改革は、とりわけ短期的な景気対策に主眼を置いたものとなっている。村山内閣における税制改革においては、「景気の回復」と「高齢化社会への対応」という2つの目標が設定されていたが、そのいずれの目標も達成されたとは言い難い。その後、平成10年度、11年度と、景気対策のみを意識した特別減税という一時的な減税政策がさらに上乗せされることになった。
 いま、税制改革に求められるのは、これ以上のバラマキ的な所得税減税の追加策ではなく、「公平」「効率」「簡素」という租税原則に立ち戻った抜本的な改革である。そのためには、所得課税、消費課税、資産課税をミックスし、課税ベースのバランスを配慮した税体系をめざすべきである。これは、フローの所得への過大な税負担を回避し、その結果生じるストックの増大に対処するために資産への課税を強化するという意味で、シャウプ勧告の理念と共通するところも多い。
 シャウプ勧告と我々の提案が異なる点は、2つある。ひとつは、シャウプ勧告が包括的所得税論にそって、源泉の異なる所得に対して同様の取り扱いを要求し、すべての所得を合算して最高55%の税率を資産所得にも適用しようとした点である。しかし、資産所得への高い税率は資本取引そのものを減少させたり、国内資本の海外への流出を招く可能性が強い。いまひとつの違いは、消費税に代表される間接税に対する評価にある。シャウプ勧告は間接税の比率をあげると「政府は国民にとって縁遠い存在となり、・・・中略・・・所得や資産の較差および家族負担の差異を適正に考慮に入れることができないであろう。それは、近代国家において必要とされる多くの租税を公平に配分するための措置としては、あまりにも不完全である。」(福田幸弘監修訳『シャウプの税制勧告』霞出版社,昭和60年)としている。しかし、直接税のほとんどが国民に負担感をもたらさない源泉徴収システムに依存した所得税と真の負担が曖昧な法人税で構成されているのが現状である。むしろ、外税方式による消費税の方がはるかに国民に負担感をもたらしている。また、公平性の見地からも、高齢化社会を見据えた場合、世代間の公平や、ライフステージでの税負担のあり方がいま問われようとしている。これらの違いに留意しつつ、これからの税制改革の方向性を議論しよう。
 
2.所得課税の改革
 まず、所得税改革の方向性から検討しよう。シャウプ勧告が目指した、課税ベースの拡大と税率表の緩和という基本的な方向性については、同意しうるところである。しかし、資本所得を含めた総合課税化を図るのであれば、税率表には大胆なフラット化が要求される。最近の最適課税論の成果が教えてくれるように、所得の異質性によって税率を変える分類所得税が支持される場合もある。この分類所得税における資本所得に対する税率は、効率性を重視するならば勤労所得よりも低く設定されるだろうし、公平性を重視するならば勤労所得と同様ないしそれ以上の水準に設定されることになるだろう。公平性と効率性のトレードオフのなかで、折り合いをつけるならば、資本所得を含めた総合課税化を図ることで、公平性に配慮し、最高税率を引き下げることで効率性にも配慮するしかない。シャウプ勧告当時の最高税率55%はあまりにも高すぎる。
 いま、累進税率表のフラット化は国際的な潮流でもある。それは、税務行政の簡素化し、所得の上昇につれて急激に適用税率が上昇するブラケットクリープを回避し、勤労意欲を促進することにつながる。国税・地方税を合計した税率表は、平成11年現在、最低5%最高50%の7段階となっている。中堅層、高所得層で税率表を平準化し、国税・地方税を合計した税率表を最低税率を10%ないし15%、最高税率は30%ないし40%で3段階ないし4段階程度のものとすべきである。また、勤労者の92%を占める給与収入1000万円までは2段階程度にすれば、ほとんどの納税者は、生涯を通じて10(or15%)%ないし20(or 25)%の税率のみが適用され、現行税制のもとでの壮年期の急激な税負担の増加を抑制することができる。
 最高税率の引き下げには、金持ち優遇との批判が常につきまとう。そこで、所得階級別申告納税者、税収分布を示した表1を見てほしい。最高税率が適用される年間所得5,000万円超の納税者は、申告所得者に占める比率はわずか0.6%にすぎないが、申告納税額に占める比率は、25.'7%とかなり高い。ただし、所得税収全体に占める比率は4.23%となる。この数字だけ見ると、最高税率の引き下げは、金持ち優遇であり、これらの0.6%の人たちの減税財源を低所得層に求めるというイメージにつながることになるだろう。しかし、実は、この年間所得5,000万円超の人たちは、総合課税の対象となる事業所得、給与所得などの勤労所得よりも、土地や株式などの譲渡所得などの分離課税の対象となる所得の方が多い人たちである。表によると年間所得5,000万円超の世帯では、総合課税の対象となる所得と対象とならない所得の比率は逆転することがわかる。すなわち、本当の金持ちは、事業所得や給与所得など勤労所得よりも資産所得の方が多い人たちなのである。ところがその資産所得のほとんどは、20%の分離課税の対象とされているのである。したがって、最高税率を国税・地方税合計して30%ないし40%まで引き下げても、総合課税化により資産所得に対する税負担が増大するため、決して金持ち優遇とはならない。
 また、日本経済の活性化のためにも最高税率の引き下げが要請される。現行税制のもとで、事業所得は、総合課税の対象となり、50%の最高税率が適用される可能性がある。一方、利子所得や譲渡所得は分離課税の対象となり、ほとんどが20%の源泉徴収ですむ。これでは、リスクを冒して起業家の道を選ぶよりは、人任せで財産を運用した方が得することになってしまうだろう。
 これらの税率表のフラット化の財源は、「課税ベースの拡大」に求めることなろう。扶養割増控除、配偶者特別控除の廃止、生命保険料・損害保険料控除の廃止、公的年金控除廃止などによる課税ベースの拡大は、公平性の確保や税制の簡素化につながる。実は現行の異常に高い課税最低限は、高所得層により多くのメリットをもたらしている。所得控除による節税額が適用限界税率の高い高所得層ほど多くなるためである。その意味では、所得控除の消失控除や税額控除方式の採用も検討すべきだろう。課税ベースの拡大と税率表のフラット化は、課税単位の問題も解決してくれる。累進税率表のもとでは、片稼ぎ世帯、共稼ぎ世帯といった異なる属性の家計間に税負担の格差をもたらす。所得税のフラット化は、世帯類型間の税負担格差を縮小するので、配偶者特別控除による世帯類型間の税負担の調整を不要にするだろう。
 また、所得課税の改革にあたっては、国と地方の税収配分の是正も忘れてはならない。地方税の強化をはかることで歳出面での独立性だけでなく財源面でも責任を果たすという意味での地方分権化をすすめることが、地方のみならず国の歳出面でも効率化を達成することにつながる。地方税の強化には、国税・地方税ともに税収に占める比率の高い所得課税の地方へ移譲を進める必要がある。具体的には、所得税・住民税を共同税化し、国へ4割、地方へ6割を再配分するといったアイデアや所得税の最低税率部分の税収を地方へ移譲するといったアイデアを採用すべきである。
 
3.高齢化社会の財源としての消費税
 高齢化社会における財政需要増大に答えるためには、消費税にも負担を求めざるをえない。消費税のメリットは、高齢化社会において、世代間の公平の調整とライフステージの税負担の平準化を図れるところにある。消費税ならば、老人医療や年金など高齢化社会を支えるための負担をすべての世代に分散させることになる。ライフステージの税負担を平準化することは、たとえ当該世代の生涯の税負担を変えないとしても、壮年期における税負担の集中を回避することで、勤労意欲を促進し、経済の活性化につながるであろう。ただし、これ以上の所得税減税、消費税増税の組み合わせによる税制改正は進めるべきではない。所得税についてはあくまでも課税ベースの拡大と税率表のフラット化により所得税の枠内で減税財源を調達すべきである。人口の高齢化は、確実に財政需要を増大させる。それらを賄うために、長期的に見て消費税の税率はどこまで引き上げるべきなのであろうか。その水準は、現行制度のもとで社会保険方式で運営されている公的年金制度や医療保険制度の改革の方向性に依存する。
 わが国の公的年金制度は、設立当初は、積み立て方式でスタートしたものの、現在では事実上世代間扶養のシステムとしての賦課方式に近いものとなっている。世代間の所得分配を目的とするならば、保険料ではなく、税方式で運営すべきだろう。税方式へ移行するならば、所得再分配政策の一環として基礎年金をとらえることが可能となり、当然、高齢者であっても高所得者については支給を制限すべきである。
 一方、2階建て部分としての厚生年金は、最低生活を超える豊かな老後を享受するための強制的な貯蓄手段である。最低生活が保障されているならば、政府が貯蓄を強制する必要はない。2階建て部分は民営化し、完全積み立て方式へ移行すべきであろう。厚生年金等の民営化の最大の障害は、民営化への移行期に生じる2重の負担である。「2重負担」とは、現行の年金財政方式が事実上賦課方式に近いものになっているので、民営化に移行し、完全積立方式とする場合、巨額の積立不足が生じることになるが、その不足額を負担する世代は、自らの積立額に加えて、積立不足額に対する拠出も要求されることになることをさしている。厚生省は、この制度切替えによって財政処理が必要となる厚生年金(2階部分)の過去期間の債務(後代負担)の現在価値総額を、350兆円(1999年度末)にも達すると試算している。厚生年金等が将来の年金給付にあてるべき積立金を取り崩してきたツケを誰が負担するのかという問題である。このツケは、国債の発行などで将来世代に転嫁すべきではない。この厚生年金の積立金の取り崩しによって利益を受けてきたのは、すでに死亡してしまった世代や、現在生存している世代であって、これから誕生してくる世代ではない。このツケは、すでに死亡してしまった世代については、相続税などの資産課税の強化で取り戻し、現役世代については一般会計で穴埋めすべきであろう。
 いま、国民医療費の増大の中で、各健康保険組合の財政は急速悪化している。この財政悪化の原因は老人医療費の負担を奉加帳方式により、各健康保険組合に求めているところから生じている。現役労働者のみで構成されているならば、医療保険は保険原理にもとづき十分運営可能である。老人保健制度への拠出金を廃止し、政管健保、国保などに対する国庫負担も解消すべきである。一方、老人保健制度は、完全に税方式で運営すべきである。ただし、医療費の完全無料化は、医療費の無駄を生じる恐れが強い。現在の医療給付は、出来高払い制度にもとづいて、各種医療保険が医療機関に診療報酬を支払うことで、供給されている。供給側に直接医療費を支払っている間は、競争原理は働かない。患者への現金給付ないし医療クーポンに変更すべきである。税方式で運営するならば、高所得者に医療給付をおこなう必要はない。所得制限を検討すべきだろう。
 この基礎年金の税方式の移行・老人保健制度における各種健康保険組合からの拠出金の廃止に要する費用を消費税で賄うならばどの程度の税率の引き上げが必要とされるのであろうか。消費税は、税率1%につき2兆円弱の税収が期待できる。一方、基礎年金と老人保健の税方式の移行には、トータルで約13兆円の財源を必要とするだろう。(基礎年金の給付費は、平成12年度で14兆7,114億円と見込まれている。現在でも1/3の国庫負担が投入されているので、税方式の移行には、約10兆円が必要となる。また、平成9年度の老人保健給付分の推計額は、約9.7兆円であった。一方、政管健保などにおける国庫負担の廃止は、税率引き下げ要因となる。平成9年度の国庫負担は、約7.1兆円と見込まれている。)したがって消費税の税率は、医療・年金制度の税方式への移行に伴い、10%から15%というヨーロッパ並の水準まで引き上げる必要があるだろう。その場合、逆進性の緩和策としての複数税率の必要性も高まることになろう。
 
4.資産課税の改革    
 上記のような社会保障改革に伴い必要とされる消費税の税率水準は、あくまでも現行の医療・年金の給付状況を前提としたものである。高齢化の進行とともに必要とされる財源がさらに増大するのは確実である。これに併せて消費税の税率のみを引き上げていくならば20%を超えるような水準まで引き上げなければならなくなる。だが、そのような税率での課税は、消費税の持つ逆進性を考えると公平性の見地から問題が多い。高齢化社会は、ストック化社会でもある。年齢別にみると資産保有額は、一般に高齢者の方が多く、しかも高齢者間での格差も大きい。消費税の税率引き上げを抑制するために、資産課税を強化すべきであろう。
 資産課税の強化としては、すでに述べた資産所得の総合課税化に加えて、相続贈与税を強化すべきである。相続税については、一般に重いというイメージで語られることが多い。しかし、現実には、相続税が課税されるケースは稀である。相続税の課税状況の推移をみると、死亡件数を課税件数で割った比率は、1987年の7.9%をピークに最近では減少傾向にあり、1997年には5.3%まで落ち込んでいる。平成11年現在の相続税の課税最低限は、夫婦子供2人の4人世帯において夫が死亡した場合、基礎控除5,000万円に、法定相続人一人当たり1,000万円×3で3,000万円を合計すると8,000万円にも達する。しかも我が国では、居住用財産については特例措置が適用されるため、実質的な課税最低限はさらに上になる。200平方メートル以下の小規模宅地の課税の特例は、抜本的税制改革前には、評価の減額割合が居住用で30%だったものが、平成11年現在は、80%にまで引き上げられている。この特例措置は、あきらかに金融資産と実物資産の間の税負担の不均衡をもたらし、税負担の不公平、資源配分のゆがみをもたらすものとなっている。
 現在進行しつつある少子化と高齢化の中で、子供たちは双方の両親からの遺産相続をこれまで以上に期待できる。相続財産は、納税者が自らの努力で勝ち取ったものではないために、課税による勤労意欲の低下などの効率性の阻害などの悪影響も少ない。相続税の基礎控除の引き下げとともに累進税率表をある程度緩和し、広く薄い課税を検討すべきである。現行の相続税の課税最低限は、あまりにも高い。その一方で税率表は、最高税率が70%と異常に高い。最高税率は少なくとも50%程度まで引き下げるべきである。最高税率引き下げには、資産家優遇という批判も予想されるが、あまりに重い相続税負担は、相続税の逃れの節税、脱税策や日本からの資産の流出を招くだけである。また、現行の贈与税では、年間60万円の基礎控除が認められており、毎年少額の生前贈与をおこなうことで、相続税の節税を可能にしている。シャウプ勧告で導入されたものの、すぐに税務行政上の理由から廃止された、生涯の贈与を累積したうえで課税する累積取得税の復活もコンピュータの利用で十分可能であろう。
 
表1所得階級別申告納税者、税収分布 
所得階級



 
総合課税対象所得:万円
 
分離課税対象所得:万円
 
階級別人員/申告人員

 
階級別申告税収/申告税収

 
階級別申告税収/所得税収

 
総合課税対象所得/合計所得 分離課税対象所得/合計所得

 
70万円以下 57 1 2% 0.1% 0.0% 99% 1%
100万円以下 86 1 3% 0.2% 0.0% 99% 1%
150万円以下 126 1 8% 0.7% 0.1% 99% 1%
200万円以下 175 1 10% 1.2% 0.2% 99% 1%
250万円以下 223 1 11% 1.6% 0.3% 99% 1%
300万円以下 272 2 9% 1.9% 0.3% 99% 1%
400万円以下 343 4 14% 4.1% 0.7% 99% 1%
500万円以下 441 6 10% 3.8% 0.6% 99% 1%
600万円以下 537 10 7% 3.6% 0.6% 98% 2%
700万円以下 632 15 5% 3.5% 0.6% 98% 2%
800万円以下 726 22 4% 3.3% 0.5% 97% 3%
1000万円以下 855 37 5% 5.7% 0.9% 96% 4%
1200万円以下 1,031 62 3% 4.7% 0.8% 94% 6%
1500万円以下 1,237 99 3% 6.3% 1.0% 93% 7%
2000万円以下 1,537 183 2% 8.4% 1.4% 89% 11%
3000万円以下 1,983 432 2% 11.4% 1.9% 82% 18%
5000万円以下 2,737 1,025 1% 13.8% 2.3% 73% 27%
5000万円超 4,626 4,766 1% 25.7% 4.2% 49% 51%
合計     100% 100.0% 16.5%    
出所:国税庁企画課編『平成9年分税務統計からみた申告所得税の実態』より作成