研究計画書

ショウ ウショウ

テーマ:消費税率の引き上げに関する諸問題

研究動機と目的:
日本の債務残高はGDPの2倍に達しており、主要先進国の中で最も高い水準になっている。近年リーマンショックやコロナショックなど世界的な経済不況により、景気対策として政府は大規模な財政の出動をしている。また、少子高齢化が進んでいる日本は、社会保障費用の支出も増え続けている。安定的な財源を確保するために、増税が余儀なくされている。
日本の所得課税は、働く世代など特定の人に負担が集中しやすい一面を持ち、税率の引き上げによる勤労意欲を阻害する可能性がある。消費税は世代間の公平に優れた税金であり、景気による税収の変動も小さく、安定的な財源だと考えられる。
財務省の資料によるとOECD加盟国の付加価値税の標準税率は平均19.5%の水準になっており、現行の消費税の標準税率10%と比較すると約2倍の差が生じる。消費税増税の議論に対して、鈴木(2020)が存在する。この研究では、社会保障財源として国税分を増税させ、これに伴って割合で地方消費税分を増税させるとなると、消費税の標準税率は18%が必要だと指摘している。
本研究では、財政健全化のため消費税率の引き上げを前提に、1997年、2014年および2019年の事例を踏まえ、増税をもたらす諸問題を考察し、望ましい消費税制のあり方を研究する。

先行研究:
消費税の逆進性に着目した研究として、橋本(2010)と鈴木(2020)が挙げられる。橋本(2010)では、『家計調査年報』の勤労者世帯のデータを使用して、所得階級別の消費税の負担額と負担率を計測した。当時の消費税の負担額計測方法は、消費支出に消費税の実効税率(0.05/1.05)を乗じて求めた。また、消費税の負担額を務め先収入で割って、一時点の負担率の計測することができた。生涯所得に対する消費税負担の計測方法について、橋本(2010)では将来世代の税負担を計測する手法を採用している。生涯の税負担を計測するには、生涯の所得と消費プロファイルを推計する必要がある。『賃金構造基本統計調査』と『全国消費実態調査』のデータを利用して、企業規模別学歴別の消費税の生涯負担額を計算することができた。
 これに対して、鈴木(2020)の研究では総世帯を対象として、所得階級別の税負担を計算した。使用されたデータは2018年のデータであるため、消費税が課税されている消費支出は1.08で割り戻した。軽減税率を考慮して、種類によってそれぞれの消費支出に消費税の実効税率(0.1/1.1)と(0.08/1.08)を乗じて求めた。また、橋本(2010)と同じように、勤労者世帯を対象とした消費税の負担額と負担率も確認した。さらに、シミュレーションで得られた想定的な消費税率18%と軽減税率8%の数値を用いて、上記の手法で総世帯の消費税負担を計測した。
2014年4月に実施された増税による消費行動への影響に着目した研究として、竹下・野地・畑農(2015)が挙げられる。マクロデータの概観としては、2013年1月から2014年6月までのGDPおよび家計最終消費支出の四期半データの推移を利用して、増税により経済全体への影響を確認することができた。また、当時の項目別家計支出のデータを利用して、前年同月比による消費額の変動についても確認できた。また、それぞれの消費行動の属性の平均値が全サンプルの平均値と統計的に有意な差があるかを確認するため、個票データを用いて、t検定を行った。
1997年4月に実施された消費税率引き上げの影響に関しては、本間・橋本・前川(2000)が存在している。本間・橋本・前川(2000)では、当時の『家計調査年報』を用いて、世帯主収入階級別の実質消費支出額の推移を作成し、消費税の導入および税率引き上げによって消費者行動がどのような変化したのかを検証した。さらに、収入階級別の変化だけでなく、世代別消費行動の変化もコーホート・データを利用して検証することができた。これに関しては、ライフサイクルの実質可処分所得と実質消費の推移で反映している。

研究方法:
(1) 理論と先行研究のレビュー
日本現行の消費税制度の特徴を紹介し、増税をもたらす諸問題の経済学的な解釈を考察する。消費税引き上げ時の異時点間代替効果と所得効果についてCashin et al. (2011) と小林(2014)などの研究成果を紹介する。また、行動経済学の角度からの議論も有用であると考えられるから、Chetty et al.(2009)とKurokawa et al.(2016)など行動経済学の研究成果を紹介する。

(2)実証分析
先行研究に基づいて、大きく分けて3つの実証分析をする予定である。
第一に、マクロデータについての分析は、竹下・野地・畑農(2015)の手法を用いて、最新のGDPおよび家計最終消費支出のマクロデータについての分析をする。また、楠田・後藤・住川・山田(2012)と同じ様に、消費税を増税することで起こる物価の上昇を検証するために、消費税率を説明変数に含めた消費者物価指数の重回帰分析を行う。
第二に、ミクロデータについての分析は、本間・橋本・前川(2000)と同じ様な手法で、『家計調査年報』を利用して、収入階級別および世代別に対しての影響を検証する。増税前後の項目別家計支出のデータもミクロデータの検証対象である。
第三に、消費税の逆進性に関する検証である。最新の『家計調査年報』を利用して、橋本(2010)と鈴木(2020)の分析手法を通じ、所得階級別の消費税の負担をシミュレーション分析する。研究対象としては、勤労世帯および総世帯の両方である。また、橋本(2010)の分析当時は、複数税率制度が導入していなかった時代であるため、本研究では軽減税率を考慮して、同じ世代内の生涯税負担を再計測する。


文献リスト:
日本語
大竹文雄・小原美紀(2005)「消費税は本当に逆進的か -負担の「公平性」を考える」『論座』第127号、pp.44−51
大竹文雄・森知晴(2010)「労働課税の行動経済学的分析」『日本労働研究雑誌』第605号、pp.68−75
菊谷正人・酒井翔子(2020)「消費行動の格差と租税制度」『嘉悦大学研究論集』第63巻第1号、pp.25-41
楠田真梨・後藤太智・住川仁美・山田隆允(2012)「消費税増税による財政健全化 : 回帰分析による税率毎の税収シミュレーション」『税に関する論文入選論文集』第8号、pp. 121-142
小林航(2014)「駆け込み消費と異時点間の消費選択」『CUC view & vision』第37号、pp.18-23
鈴木善充(2020)「社会保障財源としての消費税率の引き上げと逆進性緩和策について」『生駒経済論厳』第18巻第2号、pp.69-88
竹下諒・野地もも・畑農鋭矢(2015)「消費税増税時における消費行動の異質性 −マイクロデータによる実証分析−」『明大商学論叢』第97巻第4号、pp.665-679
田代昌孝(2017)「消費税の逆進性緩和策に関する分析 −ジニ係数の計測に基づいて-」『桃山学院大学経済経営論集』、第58巻第3号、pp.32−53
橋本恭之(1998)『税制改革の応用一般均衡分析』、関西大学出版部
橋本恭之(2010)「消費税の逆進性とその緩和策」『会計検査研究』第41号、pp.35-53
本間正明・滋野由紀子・福重元嗣(1995)「消費税の導入による消費者物価上昇効果の分析 -時系列モデルによる計測-」『経済研究』第46巻第3号、pp.193-215
本間正明・橋本恭之・前川聡子(2000)「消費税と消費行動」『税研』第93号、pp.53-59

英語
Cashin, D. and Unayama, T(2011),“ The Intertemporal Substitution and Income Effects of a VAT Rate Increase : Evidence from Japan”, RIETI Discussion Paper Series 11-E-045 .
Chetty, R, A. Looney and K. Kroft.(2009)“Salience and Taxation: Theory and Evidence” American Economic Review, 99(4), 1145-1177.
Kurokawa H, Mori T, and Otake F.(2016)“A Choice Experiment on Taxes: Are income and Consumption Taxes Equivalent? ” Osaka University ISER Discussion Paper 2016, No.966.