『税制と人的資本形成』
1.はじめに
租税は各個人の経済活動にさまざまな影響を及ぼす。そして、その影響をうける個人が資本として投入される生産側も当然、影響をうける。すなわち、租税はさまざまな経路を通じて経済成長に影響を与えるといえる。経済成長に与える影響を分析する経済理論として、内生的成長理論があげられる。これまでの伝統的なマクロ経済学では、経済成長は資本が蓄積されていくことで可能であるとした。しかしながら、資本が蓄積されていく過程で資本の収穫逓減により、経済成長率は定常状態に落ち着き、そこでは経済成長率が人口成長率と同じになるというものであった。ところが、現実の経済となると、そのようになっていない。そこで近年多くの分析がなされているフレームワークが内生的成長理論である。内生的成長理論においては、これまでのマクロ経済学とは違い、資本蓄積の中味を重視している。資本を大きく分けて、物的資本と人的資本に分けて考えることとしよう。すると、物的資本(生産工場)を使いこなしていく人が大きな役割を担っている。人的資本についていえば、その資本の能力を高めていく知識や技術が大きな役割を担っている。これらの要因を理論の中に組み込んで経済成長を分析しようというものが内生的成長理論である。
租税をこの成長理論のフレームワークで考えたとき、人的資本への課税か、物的資本への課税かに分けることができる。人的資本への課税としては、所得に対する課税や消費に対する課税があげられる。物的資本に対する課税としては土地に対する課税などがあげられる。修士課程の研究としては人的資本に対する課税が経済成長に与える影響を内生的成長理論を用いて分析することを考えている。そして、その中に人的資本を形成していくのに重要な投資の役割としての教育・訓練を明示的にとりあげて分析することを考えている。
2.従来の分析
内生的成長理論を用いて人的資本の分析をしたものとして、Gerhard
and Ravikumer(1992)がまずあげられる。彼らは人的資本が経済成長において重要であるという認識から、人的資本投資の一つの形である公的な教育の役割を世代重複モデルを用いて分析している。そして、所得の不平等は、公的教育の下で早く改善されるとしている。Caballe(1995)も内生的成長理論の中で世代重複モデルを用いて、人的資本が生産の社会的要素となることを仮定し、人的資本が経済成長に及ぼす影響をライフサイクルの遺産に注目しながら分析している。Ihori(2001)は、利他的な遺産動機を持つ個人を仮定し、遺産を物的資本と人的資本に分けて考え、資産に対する課税が経済成長に及ぼす影響を分析している。これまでの分析についていえることは、人的資本への課税が所得や資産の不平等をどの程度改善させるかという認識の下で分析されてきた。また、これまでの分析で共通していえることは、実証分析がないということである。Pecorino(1993)は所得課税と消費課税が、経済成長に与える影響を分析している。
3.税制と人的資本形成
修士論文において、現在のところ想定しているのは内生的成長理論の中に世代重複モデルを組み込み、人的資本形成といえる教育に対して所得課税が影響を及ぼすと仮定し、その影響を受けて形成された人的資本が経済成長に与える影響を分析することである。具体的にいえば、生涯を2期間に分けて第1期に子供を育て、第2期に引退する世代重複モデルである。そして、第1期に子供を育てる親は、教育するのに所得税の影響を受ける。租税の影響を受けて形成された人的資本が、経済成長にどのような影響を及ぼすのかを分析することを考えている。また、そこに政府からの教育投資に対する補助金があれば、どうなのかという分析も考えている。
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