09M3063 山本 彩加

 『所得税の再分配効果』

はじめに
第1章 所得格差の現状
第2章 所得税制の変遷
第3章 再分配効果の先行研究
第4章 再分配効果の分析
第5章 所得税制の改革の方向性
おわりに


問題意識
 一般的に日本の所得格差は拡大していると言われている。そこで厚生労働省の平成16年の所得、税、社会保障の状況について調査・推計を行った、平成17年の『所得再分配調査』における所得再分配による所得格差是正効果(等価所得)をみてみる。平成17年の等価当初所得は0.4354、等価再分配所得は0.3225、再分配によるジニ係数の改善度は25.9%、社会保障によるジニ係数の改善度は22.8%、税によるジニ係数の改善度は4.1%となっている。過去のジニ係数と比較すると、平成5年の等価当初所得は0.3703、等価再分配所得は0.3074、再分配によるジニ係数の改善度は17.0%、社会保障によるジニ係数の改善度は11.2%、税によるジニ係数の改善度は6.5%となっている。
 このことから平成5年から所得格差は拡大してきているといえる。また、税によるジニ係数の改善度は下降しているが、社会保障によるジニ係数の改善度は上昇しており、結果として再分配によるジニ係数の改善度は上昇していることがわかる。
 こうした格差拡大の要因として少子高齢化等が考えられるが、それを除いても日本は所得格差が大きな社会になっており、今一度所得税制について考察すべきである。


論文の目的
 財政の所得再分配機能は主に所得税制により果たされている。そこで現行の所得税制では所得再分配効果が十分に発揮されているかを検証し、所得格差をなるべく小さくするため、所得再分配機能を発揮できるような望ましい所得税制について検討する。また、そのためには所得税の累進度の変更が所得格差をなくすためにどの程度有効か調べる必要がある。さらに以前から社会保障給付の方が累進度の変更よりも優れていると指摘されている。そこで、社会保障給付の例としてイギリスやアメリカなどで実施されている給付付き税額控除についても検討する。



先行研究
 大竹(2003)は、『国民生活基礎調査』を基に1986年から1998年までのジニ係数を算出し、また『全国消費実態調査』を基に1979年から1999年までの年齢別ジニ係数を算出した。その結果、「高齢化と単身世帯・二人世帯が増加したことが不平等拡大の主因であり、勤労世帯間での所得格差が広範に見られる、いわゆる格差社会が訪れたとは言えない。」としている。
 太田(2006)は、OECDが日本について使用している『国民生活基礎調査』の税、社会保険料等の数値と、再分配に関する既存研究等を基に算出した各国の数値とを比較することで、再分配を構成する税、社会保障負担、社会保障給付それぞれについて、日本と各国の状況(負担率、ジニ係数の変化等)を比較した。その結果、「日本では欧米諸国と比較して、再分配が小さいが、そのことには、社会保障給付のうち労働年齢層への給付が小さいほか、税による再分配が小さいことも量的にはかなり寄与している。」としている。
また、所得税制のみの改革では限界があるので、近年では税と社会保障制度の統合が注目されている。そこで森信(2008)は、先進諸国で導入されている給付付き税額控除について4つのパターンに類型化し、日本において少子化対策を念頭に子育て家庭への経済支援としての児童税額控除を児童手当と役割分担しつつ導入することを提言している。


分析手法
 課税前所得と課税後所得の不平等度をジニ係数、タイル尺度などを使って計測し、再分配の度合いをみていく。そして、給付付き税額控除の必要性や効果を検証する。




参考文献
 青木昌彦(1979)『分配理論』筑摩書房.
小塩隆士・田近英治・府川哲夫(2006)『日本の所得分配』東京大学出版会.
大竹文雄(2000)「90年代の所得格差」『日本労働研究雑誌』480号.
 大竹文雄(2003)「所得格差の拡大はあったのか」樋口美雄・財務省財務総合政策研究  所編著『日本の所得格差と社会階層』第一章所収、日本評論社.
 大竹文雄(2005)『日本の不平等』日本経済新聞社.
 太田清(2006)『日本の所得再分配―国際比較でみたその特徴』ESRI Discussion
  Paper Series No.171.
貝塚啓明(2005)「税制改革・社会保障改革と所得再分配政策」『フィナンシャル・レビュー』.
橋本恭之・呉善充(2008)「所得税改革の論点」『国際税制研究』No.20,pp.35-44.
 藤田晴(1992)『所得税の基礎理論』中央経済社.
村上雅子(1984)『社会保障の経済学』東洋経済新報社.
 森信茂樹(2008)『給付付き税額控除―日本型児童税額控除の提言』中央経済社
森信茂樹(2008)「給付付き税額控除の4類型と日本型児童税額控除の提案」『国際税制  研究』No.20,pp.24-34.
 平野正樹(2006)『家計調査からみた税制改革の視点』.
 渡辺智之(2008)「所得税額はマイナスになりうるか?−いわゆる「給付付き税額控除」  の問題点−」『租税研究』.
 橋本恭之・呉善充(2009)『給付付き税額控除について−英国の事例を参考に』『税研』.
 田近栄治・八塩裕之(2007)「格差拡大への税制の対応−還付可能な税額控除の活用−」  『税経通信』.