第11章 法人課税の理論
11.1 法人の捉え方
(1)法人実在説と法人擬制説
法人実在説:独立の法的人格を認められた実体として捉え、経営者によって運営される独立の意思決定単位であり、法人自体が担税力をもつという考え方
→法人にも累進税率表を適用すべき?
法人を個人株主の集合体
→法人税の負担は、株主の配当の減少、キャピタル・ゲインの減少をもたらす
個人所得税の前払い、個人所得税と法人税の2重課税の調整が必要
(2)地方税としての法人課税
地方税としての法人課税 法人住民税、事業税
利益説:公共サービスへの対価として法人も税を負担すべきだ
→生産活動をおこなうにあたって、地方団体が提供している道路などを利用しているから、その対価としての税金を払うべき
↑
事業税の外形標準化(平成15年度改正、平成16年度から適用)
(3)租税理論からみた法人税の位置づけ
包括的所得税
法人税は所得税の前払い
シャウプ勧告(1949) 所得税の源泉徴収
カーター報告(1966) 所得税の最高税率で源泉徴収課税、法人税と所得税の完全統合(留保、配当を個人に帰属させて、個人段階で完全調整)
支出税
理論的には、法人の収益は最終的にはすべて個人に帰着するので法人税は不要
→現実には個人段階で法人の収益相当部分を把握するのは困難
↓
支出税の前払いとしての法人税
支出税のもとでの法人税の課税ベース
キャッシュフロー=収入-仕入-投資 「一定期間の資金流入-消費以外の資金流出」
ミードレポート(1978)におけるキャッシュフロー法人税の3つの課税ベース
@Rベース 税・サービスの実物取引に係るキャッシュフロー
AR+Fベース 実物取引+金融取引に係るキャッシュフロー
BSベース 非法人の株主に関する資本取引に係るキャッシュフロー
11.2 法人税と企業行動
(1)減価償却
定額法
(取得価額−残存価額)/耐用年数=年当たり償却額
残存価額:スクラップ価格
定率法
取得価額×(1−償却率)n=残存価額
(1−償却率)n=残存価額/取得価額
1−償却率=(残存価額/取得価額)(1/n)
償却率=1−(残存価額/取得価額)(1/耐用年数)
数値例
取得価額 1000万円 耐用年数 10年 スクラップ価格 100万円
定額法 毎年償却額 90万円
定率法 償却率=1−(残存価額/取得価額)(1/耐用年数) =0.205672
定額法 | 定率法 | |||
償却額 | 残存価額 | 償却額 | 残存価額 | |
1年後 | 90 | 910 | 205.67 | 794.3 |
2年後 | 90 | 820 | 163.37 | 631.0 |
3年後 | 90 | 730 | 129.77 | 501.2 |
4年後 | 90 | 640 | 103.08 | 398.1 |
5年後 | 90 | 550 | 81.88 | 316.2 |
6年後 | 90 | 460 | 65.04 | 251.2 |
7年後 | 90 | 370 | 51.66 | 199.5 |
8年後 | 90 | 280 | 41.04 | 158.5 |
9年後 | 90 | 190 | 32.60 | 125.9 |
10年後 | 90 | 100 | 25.89 | 100 |
900 | 900 |
平成19年度税制改正
・償却可能限度額(取得価格の95%相当額)および残存価額の廃止(平成19年4月1日以降に取得された減価償却資産) 耐用年数経過後の残存簿価1円
・新たな定率法の導入
定額法の償却率の原則2.5倍に設定された「定率法の償却率」(耐用年数省令別表第十に規定)が適用され、従前の制度に比して、早い段階において多額の償却を行うことが可能に。
・法定耐用年数の見直し
半導体用フォトレジスト製造設備 8年→5年
フラットパネルディスプレイ又は
フラットパネル用フィルム材料製造設備 10 年→5年
(2)利潤動機による投資の決定
t期の予想収益:Rt
利子率:r
K0:初期投資
T:設備の耐用年数
NPV:Net Present Value 投資収益の純現在価値
NPV>0 なら投資をおこなうことになる。
法人税による予想収益への影響
課税後予想収益=Rt−t(Rt−K0/T)
K0/T:定額法による原価償却額
法人税率↓ なら 予想収益上昇、投資増大
法定法定耐用年数の引き下げ なら 予想収益上昇、投資増大
定率法が採用された場合は、早期に費用回収ができるため、投資増大
(3)企業価値の最大化
新古典派の投資理論
目的関数 将来にわたる企業価値の割引現在価値
↓
資本コストとTax AdjustedQ が設備投資の要因
資本コスト 資本を1単位追加したときの限界的な資本の費用→資本コストが低ければ投資は増大
Tax AdjustedQ 法人税制を考慮したトービンのQ
トービンのQ=株式で評価された企業の価値/資本の再取得価格で割った値
株式で評価された企業の価値=株式市場が評価する企業の株価総額+債務の総額
Q<1 資本ストックを売った方が利益があがる→企業の設備投資は減少
Q>1 資本ストックを増やして生産量を増加させたほうが有利→企業の設備投資は増加
買収の目安にも使われている Q<1 なら買収してその企業を解体して売り払うと儲かるから。
詳しくは前川聡子(2005)『企業の投資行動と法人課税の経済分析』関西大学出版部を参照。
11.3 法人税の転嫁と帰着
転嫁(Shifting)
税法上の納税義務者が税負担を他の人々に移転すること。
帰着(Incidence)
税負担が最終的に落ち着き先のこと。
(1)転嫁の経路
@生産物価格への転嫁 消費者に前転
A賃金の切り下げ 従業員に後転
B配当の減少 株主へ後転
(2)古典的な見解:部分均衡分析
企業が短期的な利潤を最大化する場合
価格転嫁なし:課税前に利潤を最大化する価格が設定されているなら
法人税を転嫁しようと価格を引き上げることは
利潤の減少につながる
利潤=(1−法人税率)(生産物価格×生産量−総費用(Q))
π=(1-t){pQ−TC(Q)}
利潤最大化
dπ/dQ=(1-t)p−(1−t)MC=0
P=MC 価格=限界費用 法人税率は利潤最大化の条件に影響を与えない。
(3)一般均衡分析
部分均衡 他の条件は所与、特定の市場のみを分析
一般均衡 財市場、要素市場などの相互依存関係を考慮
ハーバーガー・モデル
A.C.Harberger,"The Incidence of the Corporation Income Tax,"
Journal of Political Economy, Vol.65, pp.506-521.
詳しい解説は、古田精司(1993)『法人税制の政治経済学』有斐閣を参照。
法人部門と非法人部門がそれぞれ資本と労働を用いて異なる商品を生産
法人部門の資本 K1 非法人部門の資本K2
法人部門の労働 L1 非法人部門の労働L2
K1+K2=K L1+L2=L
生産要素は、市場で移動
法人部門へ資本課税
↓
法人部門の課税後利潤が低下、非法人部門へ資本が移動
↓
法人部門では、資本を減らし、労働に代替、非法人部門から法人部門へ労働が移動
↓
法人部門の生産物価格が上昇、消費者に一部が帰着、労働者にも帰着(生産物価格の上昇が需要を減少させ、労働需要も減少、賃金低下)
法人税の帰着の度合いは、法人部門の生産物に対する需要の弾力性、労働と資本の代替の弾力性、両部門の労働集約度に依存。
→理論分析では結論は不確定、実証分析が必要
(4)法人税転嫁の実証分析
K-Mモデル
Krzyzaniak, M. and Musgrave R.(1963),The Shifting of the Corporation
Income tax, Baltimore, Mayland: The Johns Hopkins Press.
アメリカの産業別データによる実証分析
法人税が資本収益率に与える影響を推計
100%を超える過剰転嫁
昭和39年12月12日に提出された長期答申『今後におけるわが国の社会、経済の進展に即応する基本的な租税制度のあり方』
→法人税の転嫁について研究
木下専門委員 アンケート調査→転嫁の可能性あり
古田専門委員 法人税の転嫁に関する実証分析(K-Mモデルを利用)
非常に高い転嫁度
→法人税以外の要因を分離することが難しく、確定的なコンセンサスはえられていない。