第9章 消費税改革の課題
 
9.1 消費税と景気


図9-1 家計最終消費支出と国内総支出の推移

1997年度(平成9年度)
消費の落ち込みと同時に景気も悪化し、マイナス成長を記録→消費税の5%引き上げが原因?

・金融機関の破綻が相次ぎ、アジアの通貨危機など、対外的な要因も
・先行減税の反動減の可能性も

(1)消費税と物価

消費税は、価格に消費税を100%転嫁することを想定した間接税システム
→必ずしも税率分だけ物価上昇するわけではない
→最終的な転嫁の度合いは、財の需要曲線と供給曲線の傾きに依存

消費者物価の上昇率  消費税が導入された1989年には2.4%
                税率が引き上げられた1997年には1.8%の物価上昇
                 →物価上昇がすべて消費税引き上げによるものでない

税による物価上昇の部分を抽出した本間、滋野、福重(1995) 消費税による物価上昇の部分を抽出

「消費税の導入によって1.1%の物価上昇が1989年4月に発生し、消費税の転嫁に時間的なラグはなかった」


(2)消費税率引き上げと消費行動の変化

経済学者の間では、97年の消費税率の引き上げが景気の後退をもたらしたというのは必ずしも正しくないという意見が多い

本間・橋本・前川(2000) 1997年に消費が減少したのは、世帯主収入階級にみると第Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅵ、Ⅷ分位となっていると指摘
                相対的に低所得層で消費支出の減少がみられるのは、消費税の逆進性に起因するもの

Cashin and Unayama(2011)  消費税率引き上げ前後の家計の消費支出を検証することで、消費税の引き上げと消費行動の変化を分析
                      →消費税率の引き上げによる消費の影響は小さかった


9.2 消費税の税収ロス

税収ロスを測定する指標  OECDが用いているC効率性(C-efficiency)やVRR(VAT revenue Ratio)が存在



C効率性=付加価値税収/消費総額・標準税率

VRR=付加価値税収/(消費総額-付加価値税収)・標準税率

OECD(2010)  2008年時点 日本のVRR 0.67
                    イギリス 0.46
                     フランスは0.49
                    ドイツは0.55

税収ロスの原因のひとつが、簡易課税、免税による「益税」

益税の推計方法
産業連関表を用いた推計  高林・下山(2001)、橋本(2002b)、鈴木(2011a)
SNAデータによる推計     鈴木(2011a)


(1)産業連関表を用いた益税の推計方法

 具体的には、各産業の納税額は、以下のような式で求まる。

納税額=実効税率×(国内生産額-中間財投入額-投資財購入額-輸出額)+通関時の輸入品への消費税   (9-1)

現実の税収と産業連関表のデータを上記の式で求めた理論上の税収の差額を益税と定義


(2)SNAデータを用いた益税の推計方法

・消費税の理論上の課税ベースは、家計の消費支出の総額
・非課税品目を除く,各家計の消費支出の総額が消費税の課税ベースとなる
・理論上の税収を求め、現実の税収と比較すれば益税額を推計できる

ただし、SNAデータでは、住宅の購入は住宅投資として計上されている
消費税は、消費者だけでなく、政府や対民間非営利団体も負担していることも考慮する必要あり
消費税の課税ベースは、民間最終消費支出,住宅投資、政府最終消費支出および対家計民間非営利団体の消費支出の合計額
→この課税ベースから非課税品目の割合を取り除いたものが理論上の課税ベース



(3)益税の推計結果

表9-1 先行研究における益税の推計結果


9.3 消費税の逆進性


政府税制調査会 
2007年11月の『抜本的な税制改革に向けた基本的考え方』 消費税の逆進性についての見解
①税制全体の再分配効果に着目すべき。
②格差是正は、社会保障給付の方が効果的であり、社会保障の財源としての消費税なら再分配政策としても有効。
③生涯を通じた担税力の指標としては、消費の方がむしろ優れている。
④日本の税率水準では、複数税率化の必要性は乏しく、簡素化の観点から単一税率を維持すべき。

大竹・小原(2005) 低所得の引退世帯の存在が逆進性を生じている可能性を指摘
                生涯所得階級別の消費税の負担額を計測
            「驚くべきことに、消費税は「累進的」である。最も低い生涯所得階級の消費税負担率は1.59%、最も高い階級の負担率は4.05%となっている」

八塩・長谷川(2008) 個票データによるマイクロ・シミュレーションにより、勤労者世帯と年金世帯を抽出
  「年金世帯の中には、現在の所得は多くなくても、かつて多くの所得を稼ぎそれを資産で保有する
   豊かな世帯が多数含まれると考えられる。こうした世帯の消費税負担率はかなり高くなるが、
   これらはむしろ担税力がある世帯であり、この状況を「逆進性」とよぶことはできない。」



(1)所得階級別にみた逆進性

家計調査の年間収入十分位階級別の勤労者世帯のデータを使用して、所得階級別の消費税の負担額と負担率を推計

表9-2 所得階級別消費税負担額と負担率


第Ⅰ分位の負担率が4.0%であるのに対して、第Ⅹ分位の負担率は2.6%となっており、消費税には負担の逆進性が見られる
→ある一時点の逆進性を捉えただけ


(2)生涯税負担でみた逆進性

生涯所得に対する消費税負担を計測する手法
1.現存する各世代が過去に支払ってきた税負担を計測するもの→コーホートデータを利用した分析 橋本・林・跡田(1991) (1993)
2.将来世代の消費税負担を計測 橋本(2010)


表9-3 企業規模別学歴別消費税の生涯負担率

生涯所得でみたときも、やはり消費税には逆進性が存在することになる。ただし、その逆進性の度合いは、それほど高くない


9.4 逆進性の緩和措置


(1)複数税率化
表9-4 諸外国の複数税率

(2)給付付き消費税額控除制度

1998年12月15日 民主党の「消費税の抜本改革について」
「 基礎消費支出に係る福祉目的税額及び地方消費税額相当分の一律還付制度(カナダのGST税額控除方式の例=Goods and Services Tax Credit:家族を構成する成人・子供それぞれの人数に応じて定額を小切手等で還付)を創設することを提案する。」


表9-5 カナダのGST控除額(2008年申告分)


表9-6 年間収入階級別消費税の負担額の変化

給付付き税額控除の方が複数税率化よりも逆進性対策としては有効