秋田弁の散歩道 2

  

 


たてる (閉める)

「さびがら はえぐ 戸たでれ」   
寒いから早く戸をしめて、の意。この季節隙間ッ風が身にしみる。子供の頃は吹雪が寝ている顔に降りかかることがあった。それで丹念に目張りをしたものだった。今では建材や建具もすっかり変わり隙間風だの目張りだのと言っても分からぬ世代が多いだろう。所でこの「立てる」国語辞典に(戸・障子を)「しめる」と載っていた。欲を出して古語辞典を開いたらここにも「閉ざす・しめる」と出ている。これは由緒正しい言葉だったんだ。(H14.12.27)

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そんた (そんな)

「そんたごと しゃべったって」   
そんな事を言っても、と甚だ困惑の体である。話合いの中では我田引水というか随分と身勝手な言分もある。そんた人を話の分からぬ田舎者と決めつけるが、なにも田舎者に限ったことではあるまい。まあそれが本来の姿なんだろう実のない奇麗事よりは余程分かり易くはある。他に「そげな」という言い方も聞いたことがある。県南だったか県北だったか思い出せない。(H14.12.22)


くされたまぐら (役立たず・お節介者)

「えーぃ この くされたまぐら!」   
えーぃこの役立たず!、の意。役立たずとお節介者では些か意味が異なるが、言葉は行動と共にあるので自然取違えることは少ない。「たまくら」は大きいミミズのことを言うので、長いこと何故こんな意味になるのか分からずにいた。それが「玉釧」(たまくしろ)即ち鎌等を柄に固定させる金属環の意味もあると知って納得した。言ってみれば、緩んだ褌だ。因みに腐食で緩んだ金属環は何にでもはまるので、口出しをする後者の意味にも使う。(H14.12.15)

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いっかど (いつも・しょっちゅう)

「あえー いっかど やがなって なんす」   
あらーいつもお世話になってねぇ、と言ったところ。こんな会話は隣近所でそれこそいっかど交わされていた。ご近所は即共同体みたいなものだった。事実血縁関係も少なくない。村の同姓の家は皆一族なんてことは珍しいことではなかった。村が町になり住人が入代り近所とは没交渉になって、お世話様なんて言葉も聞かなくなった。どちらが良いのか俄かには判じかねるのだが。(H14.12.7)


ゆわげる (詫びる・言い分けする)

「ゆわげて けるあんて あべ」   
謝ってやるから行こう、の意で当然一緒に行くことを言っている。大人でも子供でも面と向かって詫び言を言うのは、そう思ってはいても中々出来るものではない。そんな時同道して口をきいてくれる人が居ると何とも有難い。本人は何も言わず上目遣いに見上げてペコリと頭を下げるだけだが、なに、元は些細なことで先方もそんなに含んでいる訳ではないから大抵はそれでさらりとしてしまう。(H14.11.30)

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もへしょわへる (おだてる)

「もへしょわへだっけ ちゃっちゃと やったえ」   
煽てたらさっさとやったわよ、の意。「もへしょわへる」で一語として使うが「しょわへる」は背負わせるの意で「もへ」が煽てに当る。わざわざ背負わせると言うのが面白い。やったえのように「え」を付けるのは女性に多い。これでまた一段と柔らかな印象になり、人使いは女性が上手だ。上手に煽てられるとそれと分かってはいても悪い気はしない。(H14.11.24)


ほじね (足りない・非常識だ)

「あれ ほじねなで ねが」   
あいつ足りないのじゃないか、の意。どちらかと言うと、呆れたと言ったニュアンスで少し馬鹿にした気分でこの語を使っていた。非常識だと断罪するような強い非難ではなかったように思う。「ほじ」は何なのか分からずに居るが、「方図ない」とする説があることを知った。知らずに言ってる自分も随分ほじねども、土台言葉なんてそんなもんだろう。(H14.11.17)

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のめす (やっつける)

んがどこ のめして けっか」   
どうにも品格を欠いて恐縮だが、それもその筈 口喧嘩である。今しも、お前をやっつけてやろうかと言ってる所だ。そんな事をお互いに言い合ってる内に時の氏神が入り、何時も有耶無耶の内に終った。のめす、のめすと言うばかりでどちらも手を出さないのは随分おっとりとしてたんだね。「のめす」は「打ちのめす」とばかり思っていたら、国語辞典に「前にのめらせる」とあった。と言うことは方言ではない?(H14.11.9)


つらましね (嫌らしい・厚かましい)

「まだか 本当に つらましねぇな」   
勤先でこのつらましねを連発する人がいた。その何とも遣切れないという表情が印象的だった。面倒な事の後始末を又々押付けられた時のあの嫌な気持ち、それがこのつらましねなのだろうと自然に納得した。物事と同時に人に対しても「つらましね奴だ」と言ったりする。これは、厚かましくって嫌な奴だ、という気持ちである。(H14.11.4)

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せわやげる (世話に手間がかかる)

「まんつ せわやげるごど」   
どうにも手間がかかることよ、と溜息の一つも出る体だ。おしっこが出るとバタバタ足踏みをして騒いでる子がよく居たものだ。その度におっ母さんが拾上げてトイレにバタバタと駆込む。鼻を垂らしてる子も珍しくなく、着物の袖がテカテカ光っていたっけ。最近はそんな風景を見なくなった。これからせわやげるのは年寄りだな。体が言うことを利かなくなるんだものなあ。[せわやぐ:世話をする](H14.10.26)


きゃんど (街道)

「きゃんどさ いぐべ」   
街道へ行こう、の意。往時きゃんどは荷馬車が通り、バスが通り、紙芝居が来、遊び場所だった。自転車の輪を棒で回して走りまわったものだった。長い間きゃんどは県道が訛ったものと思い込んでいた。しかし村の中央を貫く一本道が、果して県道だったかは定かでない。唯一の大通りだから、まあ街道位で大して外してもいまい。(H14.10.19)

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あぐ (歩く)

「一緒に あんで けねが」   
直訳すると、一緒に歩いてくれないか。だがこれでは英語の直訳と同じだ。一緒に行ってくれないか、が本当の意味で、時によって 連れて行って欲しいとのニュアンスがある。「よぐあぐごど」と言えば、よく出歩くなあ の意味があると同時に、健脚ぶりを感嘆する意味合いもある。どちらかは、その時の状況や雰囲気で取違えることはない。自分も、さっと あがねば なんねども さっぱり やざね。(H14.10.13)


むじける (すねる・むずかる)

「ああー、むじけて しゃったでぇ」   
ああー、拗ねてしまったよぅ。と言ったところだ。幼子はとかく可愛い。可愛いからと相手にしているとかなりこまっちゃくれた事を言ったりもする。それがまた可愛くてついからかったりしている内に、突然プイと横を向いてだんまりを決め込んでしまう。「むじける」は「むつける」とも言う。こんな時にはむつけるの方が実感がある。(H14.10.5)

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ふける (逃げ出す)

「あれ まだ ふけたなだべ」   
あいつ、また逃げ出したんだろう。と言った意味だ。高校生ともなると、居たはずの奴が忽然と居なくなることがある。こんな時は、きっとどこかで女学生も消えてるに違いない。「ふける」と同時に「蒸発する」とも言っていた。調べてみたら、動物が発情すること、鳥が囀ること、蒸れることをも「ふける」と言うそうな。(H14.9.28)


わたし (焼網)

「魚焼ぐがら わたし取ってげれ」   
魚を焼くから焼網を持ってきて、くらいの意味だ。これは多分秋刀魚だろう。煙が強烈で、外に七輪を持出して焼いたものだ。秋の秋刀魚にたいして、春は鰊だった。鰊は何故か「かど」と言った。この二つは季節の香りであると同時に郷愁の香りでもある。(H14.9.21)

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よった (どいて)

「危ねど よったよった」   
危ないぞ、どいたどいた! と言う威勢の良い掛け声。こんな掛け声は往来を突っ走る馬車や大八車が似合う。そんな物がなくなってからもリヤカーで引越しをする学生さんを見かけたものだが、今はそれもない。車はクラクションだし、自転車はベル。人も無言でむんずと割り込んで憚らないご時世になった。やはり、言葉で「よった」と言っていた時が懐かしいね。(H14.9.11)


みみきんか (つんぼ)

「俺 みみきんかに なったみでだ」   
泳いだ後の不始末か風邪か、原因は分からないが中耳炎になったことがある。学校では眼病が多く、保健室で並んでトラホームの薬をつけてもらっていた。総じて衛生状態が良くなかった。そんな時、「俺つんぼになったみたいだ」と言い出した奴がいた。耳に葡萄のような色をした丸いものが詰まっている。「今右だべ、寝てれば頭の中通って左さ行くなだや」と半ば得意気に講釈をしていたが、その内に忘れてしまった。今思うと、どうやら血を吸って丸々に太ったダニだったようだが、それにしても耳の中とは。(H14.9.7)

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ぼう (追う)

「なんとは 雀っこどご ぼわねば みんな かいでしゃうな」   
何ともはや雀を追わないと全部食べられてしまうな、と言うこと。今回のは少し長かった。稔の頃の田んぼでは人がつききりで番をしていたものだった。昨今の田畑には鳥ばかりではなく、猿、熊、カモシカと多彩な顔ぶれが集まるらしい。町の中では鴉が我が物顔だ。家では五本ばかりしかないトマトをやられた。色づき始めた最初の実だった。今はプルーンに波状攻撃をかけてくる。(H14.8.30)


のかがる (寄りかかる)

「ほれ、おもでがら のかがるな」   
ほれ、重いから寄りかかるな、の意。盆も過ぎて急速に秋の気配を感じるようになると、体調も良くなる筈なのに何故か気だるい。外に出るのも億劫で母に寄りかかってはグズっている。そんな理由が最近分かった。今年みたいに天候の不順な秋口は、朝方の冷え込みで風邪気味になりやすいのだ。だるいし、お腹の調子も悪く落着かない。子供ならずともおっかさんにのかがっていたくなる。(H14.8.23)

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つっぺ (詰め物)

たんぺ つっぺ 」   
この夏は雨に祟られたが、子供の頃の夏休みにはよく川で泳いだ。その川も流石に今では入る人がいないばかりでなく、釣すらしない。それほどに汚れてしまった。今、プールではキャップにゴーグル、耳栓をするが、そんな物は当然ない。耳の穴に盛んに唾を塗りつけたものだ。たんぺ つっぺせ、はそれ。唾を詰めろの意。上がって片足でケンケンをしては、熱い水玉が耳の奥からぽろりと流れ出るのを感じた。(H14.8.18)


そんま (じきに)

「こいでな そんま いぐなるがらな」   
これでじきに良くなるからな、の意。夏休みには擦傷などが多い。動きが活発なのに加えてランニングシャツに半ズボンといった軽装のせいもあるかも知れない。手当はいたって簡単でマーキュロを塗る位のものだが、それとて上等の方だった。大概はつばを塗るだけで何時の間にか治ってしまった。田仕事で蛭に吸付かれた時などは血止草を貼ったもので、お誂え向きによく生えていた。(H14.8.11)

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くえる (塞ぐ)

んだな あの穴っこ くえねばな」   
そうだなあ、あの穴をふさがないとなあ。と言いつつもなかなか腰は上がらない。もうそろそろとの気持ちは十分なのだがついつい。まあそんなことをしていても何とか暮せるのが幸せというものだろうか。最近ではこんな精神的にのんびり出来ることも贅沢のひとつらしいが、只のずぼらと紙一重ではある。(H14.8.7)


いっき (いい気)

「おや、いっきなって なまいぎだごと」   
おや、いい気になって生意気なこと。と言うのだが、このいっきのいが「い」なのか「え」なのか、どちらでもなくどちらでもあって、方言を文字では正確に表現ができない。テレビドラマでの方言は方言もどきで誰でも聞き取れるものの、地元の人間には少なからず違和感がある。そう言えば、生意気の秋田弁は何だっけ?。訛るだけでなく、他の言葉が有るらしいが思いつかない。(H14.7.27)

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むりっと (むりやり・一生懸命に)

「むりっと いれだばせ」   
むりやり入れたらな、と話はここから続く。これなんかは雰囲気が出ていて面白いと思う言葉の一つだ。無理とむりっと この同じ音が頭の中で重なってしまっているのだろうか。どうも私は「無理っと」と解釈している節がある。一生懸命とか全力でというのが本来の意味らしい。秋田音頭だったか戯れ歌にこの語があったような、あれはどうも「無理っと」の方だな。(H14.7.20)


へっぺ (精一杯)

「ひとどご へっぺ つかってで こいだもんな」   
人のことを精一杯使っておいてこれだもんな、との恨み言。これはリストラなどという言葉が一般化した最近のほうが顕著なのではあるまいか。以前と比べて給与面等での待遇は改善されたのか、労働組合とか賃金闘争などは聞かなくなった。しかし大企業でさえも突然姿を消す昨今である。小さな所など従業員は事前に何も知らされず、出社したら張り紙が一枚なんて話も聞く。(H14.7.14)

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にしょまる (煮染まる)

「にしょまって さっとこ しょっぺな」   
煮染まって少ししょっぱいな、の意。以前は残り物を何度も暖めなおして食べたので、こんなことはいっかど(しょっちゅう)あった。如何にも煮染まったと言う感じでは「かすべ」がある。色合いがそうなのだが、これはふっくらとして旨い。あのカチカチに硬い干物からはとても想像ができない味だ。かすべも鯨ももうしばらく口にしたことがないな。(H14.7.6)


たがぐ (持つ)

「それ たがいで 」   
それを持って来い、と言う意味だ。担いで来いなら、かずないで け、になる。方言の活用形なんて普段は考えてみたこともないが、ふとどんな具合かと思った。たががず・たがぎたり・たがぐ・たがぐどぎ・たがげば・たがげ、だろうか。あれれ! たがいでがないな。これは成句の類か。たがんでけ、と「い」が「ん」になることもある。嫌なら、オラたがぐな んた!。とこうなる。(H14.6.30)

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せば (それじゃ・それでは)

「せば」 「せば な」   
この場合は、それじゃ。それじゃな。という別れの挨拶である。さようなら なんて言葉は使わなかった。後年、さいなら 位は言ってたかな。この「せば」もさらに訛って「へば」の方が多かったかな? まあどちらが本道ということもあるまい。概して発音の短い言葉が多かった。別れのせばには何となく労わりの心が感じられた、じゃあ又明日という気持ちが言外にあった。その意味では、へばの方が柔らかくて良いのかな。他に理由・条件を言う「それなら」の意でも用いる。へばな。(H14.6.24)


げっぱ (びり)

「まだ げっぱ とった」   
またビリだった、の意。どうにも走るのが遅かった。小さな小学校の運動会では組合せが毎年同じで、自然順位も指定席になっていた。種目は短距離競走、リレー、障害物競走、騎馬戦、玉入、マスゲーム等といったところだったろうか。良くしたもので障害物だけはげっぱを免れていた。そうそう、借物競走なんてのもあったっけ。あれも一位からげっぱまで順位を付けてたが、いささかアンフェアだったと思わないでもないな。しかし楽しいイベントだった。(H14.6.15)

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えさど (留守番)

「えさど あんて いがいね」   
留守番をするので行かれない、の意。農繁期ともなると留守番と子守りが子供の仕事だった。今と違って戸締りなどは必要のない時代だったし、誰かが訪ねて来る訳でもないので大人しく家に居たかどうかは定かではない。従って妹や弟の子守りが主で、田植え時など学校を休む子が必ずいた。電話などどこの家にもなく、当然無断欠席である。(H14.6.9)


もぞ (寝言・うわごと)

「よんべな なに もぞ こでだどごよ」   
夕べは何を寝言で言ってたのよ、とでも言ったところか。この「なに」が何[を・の・で]と色々にとれる。考えてみると、そんな細かな事には頓着なく言う方も聞く方も充分に納得していた。それにしても子供がもぞをこぐのは珍しくなかった。もぞばかりではなく、突然むっくり起上がると いきなり枕許に放尿する豪傑もいたりもした。その頃はその頃で疲れてたのだろうか。(H14.6.2)

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びっき (蛙)

「びっき しょわしねぐ なぐねがぁ」   
びっきは蛙。騒がしく鳴くなあ、の意味。これからの夜道、田んぼの近くを通ると真にもって騒々しい。甲高いのからバスでググーゥと鳴くのまで様々。時々行った柳田(地名)の家では夕飯時の座敷で間近に聞こえていた。
赤ん坊のこともびっきと言った。これにはぶったまげた。何でそう言うのか、這い出す形からだと思うが今もって分からない。がま口のことをびっきと言う所も有ると聞く。つくずく方言は面白い。(H14.5.26)


なもかも (何もかにも・どうもこうも)

「なもかも あいだば やざね」   
どうにもこうにもあれじゃ駄目だ、と言ったところ。やざね、やざね。んだ、んだ。とひとしきり盛上がるが間もなく次に移って、そのことはすっかり忘れ去られてしまう。元々そんなに義憤を感じてのことではない。テレビでは連日領事館の話題で持切りだが、あれ程言い分が真っ向から違うものかね。「外国の言う事を信じるんですか」なんて、あんた場面で聞くとは思わねがったなや。(H14.5.18)

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でらっと (全て・すっかり)

「でらっと やらいで しゃったで」   
泥棒さんに持ってかれたか、飲み屋で巻き上げられたか、はたまた賭け事で擦ったか。すっかりやられてしまったよ、と言うことである。木材で有名だった某市は大火でも有名だった。でらっと焼けてしまって、気の毒ではあるがこの場合のほうが語感が合っているように思ったものだった。この「でらっと」は高校に行ってからよく耳にしたが、小学生の頃は「すぺっと」と言ってたように思う。(H14.5.13)


さがし (賢い)

「なんと さがし わらしだごど」   
何と賢い子だこと、の意。家の手伝いを人前で一寸した時など、大体はこんな風な具合に誉められる。誉められる事など滅多に無いから嬉しいやら気恥ずかしいやら。そんな時は立居振舞いも神妙になった。が、大人は忘れっぽいのか次ぎの瞬間にはもう全く眼中になく、本来の話に熱中している。その落差にまごついている間にそこを追い出されてしまうのである。(H14.5.4)

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ごしゃぐ (怒る)

「まんず そんたに ごしゃぐなってば」   
まあ、そんなに怒りなさんな、の意だ。とは言うものの近頃世の中ごしゃげる事が多い。いや それを通り越して呆れ気味と言うべきかな。人間ごしゃげるうちが華だね。でも感情に任せて猛り狂うのは美学じゃないねぇ〜。最近は静かになって家庭でも学校でも職場でも、叱る人が少ないんだってね、見て見ぬ振りか無関心だそうだけど それも又イカガナモノでしょうか。(H14.4.26)


あらげる (暴れる)

「まんず あらげる もだごど」   
何と暴れるものであることよ、と呆れる体である。あらげると言うと大体は子供を連想するが、「あの人だば、飲めばあらげるもだもな」なんて場合もある。新聞によれば最近は一気飲みや騒々しいのが影をひそめ、飲み方も大分様変わりしてきたとか。酒を楽しむ女性の姿もめっきり増えて、そんな事も関係があるのかしらん。あらげるは、古語の「荒ぶる・荒びる」であろう。(H14.4.18)

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んが (お前)

「なしたってが んがいった者」   
これで「ん」の三連荘だ。この「んが」はどうみても上品な言葉とは言えない。「お前なんかが、なんだってんだ」の意で、んが と言うとどうも喧嘩腰の雰囲気がある。では、普段はどう言っていたのか。「おめ」(お前)「おれ」(俺)だったのだろうか? やっぱり、んがと言っていたように思う。でも喧嘩にはならなかったんだよな〜。(H14.4.11)


んだ (そうだ)

「んだ、おめの 言う通りだ」   
これは翻訳が要るまい。県北の人からこのページの四十幾つの言葉のうち解るのは十幾つに過ぎないとのお話があった。一口に秋田弁と言っても地区によって大分違いがある。小学校時代の生活圏は隣村までだったが、高校に入ると寄宿舎があって周辺の郡部から生徒が集まり、入学当初は「???」と聞き慣れぬ言葉に囲まれてカルチャーショックを受けたものだった。(H14.4.6)

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