秋田弁の散歩道 7

  

 


ふくろ (どぶろく)

「どれ ふくろ だへ」」   
どれ どぶろくを出せよ、の意。どぶろくは言わずと知れた濁酒のこと。それを「ふくろ」と言うのは「梟」なんだそうな。何でも夜になると隠し場所からこそこそ持出して来るからだとか。それが今では白昼堂々と売ってます、変われば変わるものですね。いや、密造でないからあれは良いのか。この「ふくろ」、他には「いんぺ」(隠蔽してるから)、「こも」(菰を被せてるから)等とも言うと聞く、皆さん苦労してたんだね。(H19.12.28)


ひとかだげ (一食・一口)

「これ ひとかだげ だども」」   
これ少しだけどどうぞ、の意。今はどうか知らないが、初物や到来物をお裾分けなんてことが良くあった。そんな時の決まり文句。ただ「かだげ」が解るようで解らない。それだけを単独で用いた記憶がない。とにかく「ひとかだげ」で一回分の食事を意味する一つの言葉だった。それも、鱈腹ではなくむしろ物足りない位の・・・。そこまで言うと個人的な印象に過ぎるかな?。(H19.12.12)

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ひまだれ (面倒・無駄骨)

「あや ひまだれ かげだなや」   
おや、面倒をかけちゃったね、の意。この「ひまだれ」は「ひまずれ」「ひまだおれ」とも言う。人によっては「ひま」を「しゅま」とも発音する。骨折りをさせてどうもと言う感謝の言葉であると同時に、無駄骨を折ったと言う逆の意味でも用いる。同じく「てまだれ」があるが、その使い分けは判然としない。(H19.12.5)


ぴかめぐ (ピカピカ光る)

「今 まなぐ ぴかめだ」」   
今目玉が光った、の意。この「ぴかめぐ」は「びがめぐ」と言う場合もある。その方が何だか尋常な光ではない強烈な印象がある。ガラスや金属であれ、稲妻であれ、はたまた薬缶頭であれ何でも構わない、とにかくぴかめぐのだ。そんな鍔のぴかめぐおニューの学生帽なんか、物珍しそうに見たものだった。まあ当時の小学生で、農家の子は学生帽なんて被らなかったからね。(H19.11.24)

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びぐめぐ (びくびくする)

そんた びぐめぐな」」   
そんなにびくびくするな、の意。川で泳いた後など 悪童数人で近くの畑に忍び込み生り物を失敬したことがあった。広々と心忙しき野糞かな なんてのはあんな心境なんだろうけど、びくびくの後の胡瓜は実に美味く感じた。びぐめぎながらやった悪さなんて他にもあったなぁ。運悪く見つかった時などは、それこそ我先にとどどめがして逃出したものだっけ。(H19.11.13)


ばんげ (晩・夕暮)

「ばんげなったなぁ」」   
夕暮になったねえ、の意。但し本意はそうじゃない、これは夕方の挨拶なのだ。「今晩は」と言うのと同じ、一般的には「ばんげなったなぁ、まま喰ったか」と今じゃあまり言わない決り文句になる。「まま喰ったか」には貧しかった古い時代の夕闇迫る頃、隣人を気遣う気持があったんではなかろうか。或る本によると「ばんげ」は「晩景」の変化とあった。私は「晩気」かなと思っていたんだけどね。当然単純に夕方・夕暮れ時の意味もある。(H19.11.4)

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はんかくせ (非常識だ)

おが はんかくせごと 言うなや」」   
あまり馬鹿なことを言うなよ、の意。「はんかくせ」は「馬鹿・間抜け・非常識」位のところだが「小生意気」と言うニュアンスもあるようだ。他人の言動に対しては元より、その人そのものをも「はんかくせ」などと言う。さて、相撲に次いでボクシングとこのところスポーツ界ではんかくせ出来事が続いている。全くプロもほじねすな。(H19.10.16)


腹さ棒へった (腹が立つ)

「あど 腹さ棒へった」」   
もう怒ったぞ、位の意味だろうか。只中途半端な怒りじゃない、何しろ腹に棒が入ってしまったような怒りである。棒を飲み込んだんじゃ、さぞや硬直してることだろうね。そんな姿を想像すると本人には気の毒だがユーモラスにさえ感じる。実際、腹さ棒へったと言う時は堪忍袋の緒が切れたとか怒り心頭と言う程には見えないように思う。(H19.10.7)

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はったぎ (蝗)

「おら ばっぽはったぎ とったど」」   
俺はおんぶイナゴを捕ったぞ、の意。稲刈の済んだ後、学校で落穂拾いや蝗捕りの時間があった。捕った蝗は給食の小母さんが佃煮にして4、5匹づつ食べさせてくれた。蝗は随分いて各自持寄った袋をたちまち一杯にしたものだったな。おんぶした蝗も沢山いてね、中には3段重ねのもいて、そんなのを見つけるともう夢中で追回したものでした。(H19.9.30)


はがいぐ (はかどる)

「なんと はがいぐなや やっぱし わげもんだな」」   
なんとはかどるなあ やっぱり若者だなあ、の意。言葉通りに感心し、同時に感謝の気持もあるには違いないが、そこはそれ 若者にもへしょわへで上手に使う魂胆も見え隠れする。尤も若者も純真だったのか、心が広かったのか、喜んで煽てに乗っていたように思える。妙にさめてはいなかったなぁ。(H19.9.20)

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のぺっと (のそっと・のっそり)

「そさ のぺっと 立つな」」   
そこにのそっと立つな、の意。腑抜のようにぼんやり立っていられちゃ邪魔でしょうがない。この「のぺっと」は「のさっと」とも言った。芭蕉の俳句に「むめがゝにのつと日の出る山路かな」があるが、この「のつと」も「ぬっと・のそっと」で同じ、ぴんしゃん躍り出してくるんじゃない。又「のっそり」を秋田弁では「のっぺり」とも言う。標準語の「のっぺり」は主に顔をイメージし、「のっぺらぼう」を連想しちゃうけどね。(H19.8.18)


のっちめぐ (大騒ぎする)

「いやぁ〜 竿燈終ってがら のっちめで やったなや」」   
竿燈が終ってから大騒ぎをした、の意。多分打上で飲んだんですよ。丁度今日が竿燈の最終日だから用例にちょいと拝借した。聞くところによると、「のっちめぐ」は子供達がドタバタする大騒ぎを言い、酒を飲んでワイワイガヤガヤの大騒ぎは「のんのめぐ」と言うらしい。が、そんな使い分けがあったっけ? 「ゆんべな のっちめで 飲んだ」なんて言ってたけどな。何れにしても お上品な酒でない事だけは確か。(H19.8.6)

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ねっこばる (りきむ・我を張る)

「つら真っ赤にして ねっこばってる」」   
顔を真っ赤にして力んでる、の意。初っ端からナンだけどトイレで難儀をしているアレですね。それとは別にこんなのも「ねっこばる」と言います。昭和34年テレビが開局になってね、徐々にテレビが売れ出したんですワ。ある日の夕方、農家の小母さん風の人があれこれ見比べた後「なんでかって こいでねばやざね」とそのテレビの前に座り込んでしまったことがありました。届けるのは明日と言ってるのに「一緒でねば、けらいね(帰られない)」と梃子でも動かぬ構え、正しく根っこが張ったようでしたよ。(H19.7.24)


ねそける (寝そびれる)

よんべな ねそけてしゃって やざね」」   
夕べ寝そびれてしまってどうもだめだ、の意。寝が足りないとどうも頭がボーッとしますな。何だか夏は寝不足になり易いようで。いや、私なんぞはねそけでねってもままんでボーッとしてるどもナ。万年ボーのマンボーだよ。(H19.7.16)

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ねごまだぎ (塩鮭)

「まだ ねごまだぎが」」   
また塩鮭かい、の意。もう猫も見向かぬ猫跨ぎなんだそうだが、私がこの言葉を知ったのはずっと後のことだ。余の幼少の砌(終戦直後)はその塩鮭だって滅多に口には入らず、じっと我慢の子だった。その当時世間の人は「ねごまだぎ」だの「鼻曲り」だのと言って塩鮭を軽んじていたらしい。わが家の粗末な食事を思い起すと、秋田の人はなんて罰当りな事を言うもんだと思いましたね。(H19.6.29)


ねごぼ (腫れ物)

「ねごぼ でぎで やむ」」   
腫れ物ができて痛む、の意。この「ねごぼ」と言うのは良く聞いたが、実はどんな物だったか定かでない。出物腫れ物の全般とは言え、「にきび」などは「ねこぼ」とは言わなかったように思う。私も脚に「蛸の吸出し」を貼付け膿を吸い出した記憶があるが、家ではねごぼとは言ってなかった。蛸の吸出しなんて、何とも古い話ではある。(H19.6.21)

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にどいも (馬鈴薯)

「にどいもの 花っこ さだや」」   
じゃが芋の花が咲いたよ、の意。まあ、じゃが芋の花が咲いたところで歌の文句にもならないけどね。「にどいも」は二度芋で二毛作と言う事なのか?、この辺では年に一度っきりなんだけどな、何が「にど」なのか。えんどう豆を「よさくまめ」と言うが、これも年に4回も蒔いたりはしない。農事の事はからきし不案内で駄目ですね。(H19.6.8)


なっても (なんにも・どうしても)

「おらだば なっても かんけす」」   
私は何にも関係ありません、の意。「なっても」には他に「なっても やんねば」と言う場合の「どうしても・何としても」の意味もある。それにしても「なんにも」と「どうしても」とではなっても繋がらないんだよな。(H19.5.25)

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なったげ (なるたけ・なるべく)

「なったげ 来てけれや」」   
なるべく来て下さいよ、の意。出来たらと言うよりも、少し位の支障なら遣り繰りをしてでも来てねと言うニュアンスがある。これが絶対的にと強い要望になると「なでかで 来てけねば困る」となる。反対に、どうでも良いけど一応誘ってみるなんて時は「まず、けばいねが」ってなところだろうか。うん、だけど口調によっては四の五の言わずに来いよと言う感じもあるな。(H19.5.12)


ながらまじ (中途半端に・なまじ)

「ながらまじ でぎれば やざね」」   
なまじ出来る奴は駄目だ、の意。中途半端な程度なら、いっそ丸っきり出来ない方が良いと言ったところか。「ながらまじ」は学業ばかりでなく職業のスキルや社会常識など日常の全般にわたって「なまじっか」で役立たない程度のことを言った。「帯に短し襷に長し」と言うあれですかね。しかしね、ながらまじ能力があるとそれをひけらかしたくなるのもこれまた人情ですよね。(H19.4.29)

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どんた (どんな)

「どんたなよ?」」   
どんなのよ、の意。「どんた」は物事の状態を問う時に良く用いる。その点では「なんた」と同じだ。何処が違うかと言うと、分からない。「どんたなよ?」と言う人もいるし、「なんたなよ?」と言う人もいる。「どんた」と「なんた」は双子かな、単にその人の言い癖なんだろうか。いや出自は違うような気もするけど‥‥、やっぱしわがらねな。(H19.4.18)


とんだす (取り出す)

「どっから とんだす どごだ」」   
どこから取り出すのよ、の意。ポケット、いや 袂だったかな、その中から時として思いも掛けないとんでもない物が飛び出したものだ。小石や木の実を始め、蝉の抜殻、生きてる昆虫、干餅の欠片などの食物等々。そしてそのごちゃ混ぜの中の食物を汚れた袖口で拭いて何のためらいもなく口に入れたものである。それでも病気なんかしなかったなあ。(H19.4.10)

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とる (敷く)

「さ とこ とるど」」   
さあ布団を敷くよ、の意。邪魔だからどけ、或いは散らかした物を片付けろと言ったところかな。反対に布団を片付けることを「とこをあげる」と言う。標準語でも大病が快復して「床上げ」などと言うからそんなにかけ離れたものでもあるまい。この「とる」の出自は知らないが、運動会で一等賞を取るとか、試験で100点を取るなどの言い方も当然ある。取ったことはないけど。(H19.4.1)


どっちがかちか (どれかこれか)

「はえぐ どっちがかちかに へ」」   
早くどちらかに決めろ、の意。あれかこれかと思い悩んで居るときによくこんな言い方をする。「(せ)」は「しなさい」の意だ。しかし「どっちが」はともかく、この「かちか」が分からない。部分的には分からないものの「どっちがかちか」と言われると、その言わんとすることは何の迷いもなく良く分かる。「どっちが勝ちか」なんて間違っても思わない。(H19.3.20)

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とっくりげる (ひっくり返る)

「あぶねーっ! とっくりげるど」」   
危ない! ひっくり返るぞ、の意。「塀がとっくりげる」「布団をとっくりげす」などと、倒れたり、裏返しにすることを言う。どっちが正統派かは知らないが「とっけらがる」とも言う。酔って自転車に乗り「とっけらがって、なずきさこぼ(額に瘤)でぎだ」なんて具合だ。又「けす」という言い方もあって「かまど けす」などと言うが、これは竃をひっくり返す、つまり破産をする事である。(H19.3.11)


どさ (どこへ)

「どさ げ?」」   
どちらへ? の意。以前講演会で、兵舎で弘前出身の部下が「どさ」「ゆさ」と言うのを聞いて、こいつら俺に内緒の合言葉を使ってると思ったと笑わせた人がいた。秋田ばかりでなく、青森でも「どさ」と言うらしい。「げ」はこの一語で「行ぐなだげ」(行くのですか)の意味を含んでいる。彼の講師は、寒いから口を開かずに済むように会話が短いと言っていたが、どうかな?。標準語でも、どちらへ行くのですか、なんてかったるい挨拶はしない。(H19.3.5)

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とどりね (取留がない)

あいだば とどりねごと ばり しゃべって」」   
あれときたら訳の分からない事ばかり言ってナ、の意。話下手でさっぱり要領を得ない話し方も含め、内容が支離滅裂で捉え所がないことを「とどりね」と言った。又、物の仕舞場所を忘れてしまって思い出せない時なども「俺、とどりねぐなった」と言い、「お馬鹿さん」の意味合もある。よく大臣などの舌禍問題が報道されるが、人一倍優秀な筈なのにねぇ〜。あれは「とどりね」のじゃなくて、つい調子に乗ってしまうのですかね?。(H19.2.24)


どどめぐ (どたばたする)

「にげで おが どどめがすな」」   
二階であまりどたばたするな、の意。どういう訳か二階の音って下に響くんですよね。部屋は空洞だから太鼓みたいな物なのかな? ま、そんな事はどうでも良いけど。この足を踏鳴らしたり、屋根から滑り落ちる雪の音を連想する「どど」ではある。それもその筈で、元は堰き止めた水が流れ落ちる擬音語なんだそうだ。やってば、どどめがして走ってあぐしょわしね奴っていたものである。廊下は静かに歩きましょうって書いてあったな。(H19.2.18)

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どでんす (仰天する)

「地震がって なもかも どでんした」」   
地震でまったく吃驚仰天した、の意。大分前に秋田沖地震というのが起きて、あの時は「まんず」揺れた。丁度昼時でしたな揺れが暫く続き、その間は動きが取れなかった。「どでん」は「動転」だろう。その後どでんするような事は滅多にないが、お隣のお国には何時もたまげるね。今も6か国協議をやってますが、あの小国でよくもまああそこまで「だんじゃくこぎ」になれるね。交渉力と言う点では日本もあの「しなじれ」さは見習う価値があると思うよ。(H19.2.11)


とぎ (遠い)

「おが とぎなや」」   
随分遠いなあ、の意。「遠すぎるよ」と訳した方がニュアンスとしては正しいかな。文字にすると「とぎ」(遠い)も「とぎ」(骨)も同じなんですね、当り前のことだけど改めておやッ? と思ったよ。距離感は住んでる環境で大分異なる、田舎で道を聞いてすぐそこなんて言われ、その気になるととんだ目に遭う。歩いても歩いても着かないのだ。「とぎなァ、ばすこだんでねが」とつい恨み節の一つも出て来ようってものだ。(H19.2.4)

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どがちかて (そそっかしい)

「どがちかてくて つまけりした」」   
そそっかしくって躓いた、の意。「どがちかて」からはその響からどうも「どたぱた」する様子を思い浮かべてしまう。そそっかしいのも、どたばたも、まあ似たようなもんだろうけどね。最近思うのだが、歳をとってくるとどうもスローモーで、それでいてどがちかて動きが目立ってくる。これは何としたもんだべ。(H19.1.28)


とっかがる (取り掛かる)

「さ、はえどご とっかがるが」」   
さ 早いところ取り掛かろうか、の意。「とっかがる」は単に訛みたいなものか。休憩が終え、仕事に「とっかがる」ことを「はがおれ」と言ったように思う。1日の割当を決め、出来次第帰っても良い仕事を「わっぱか」と言い、こんな時は早々に休憩を切上げて仕事にとっかがったものだ。逆に、住宅の新築では10時3時の休憩に茶菓を運んでサービスする奥さんがいたものだが、休憩が長引くから止めてくれと言う工務店の社長がいたっけ。(H19.1.22)

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でどご (台所)

「でどごがら ねごどご ぼえ」」   
台所から猫を追い払え、の意。「でどご」なんて、江戸っ子が大工を「でえく」と言うみたいだなんて言っちゃ、江戸っ子が臍を曲げるかな。秋田でも、大工をでぐ、大根をでごん、太鼓をてご、等と言う。「でどご」を「だゃどご」と言う人もいました。台所は他に「めんじゃ」とも言ってたなあ。これは水屋ってことですかね。(H19.1.13)


てまだれ (手間暇)

「あやー てまだれ だごと」」   
全く手間がかかること、の意で面倒だなと言うニュアンスがある。「てまだれ」は手間暇がかかる、手間取ることを言い、「ひまだれ」とも言う。「だれ」は垂れ流しの「垂れ」だろうか。そうだとピッタシなんだな。手間がかかるばっかりで、さっぱり効果の上がらない状態なんだよなあ。しかし、純粋に「てまだれ さへで、どもども」(お手を煩わせて、どうも‥)とも言う。(H19.1.6)

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