秋田弁の散歩道 9

  

 


いべ (良いだろう)

「な、いべ」   
なあ 良いだろう、の意。何かをねだる時とか、頼みごとの時に、執拗に「いべ、いべ」と繰返す子がいたものだった。子供心にも鬱陶しいと思った記憶がある。その頃は農家の子ってそんなものかと思ったが、何も農家の子に限った事ではない。しかし、そんな些細なあれこれが、私の農村に対する印象を形成しているのもまた事実である。(H21.11.3)

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あわけね (はかない・あっけない)

「あやー 死んだってが あわけねな」   
あらー亡くなったのか はかないなあ、の意。実はこう書いて「はかないなあ」ではどうもしっくりと来ない感じがしている。「はかない」で確かにその通りなのだが、何処かよそよそしく感じるのである。この場合の「あわけね」には、意外だと言う驚きと共に、あまりにも呆気無い死を惜しむ気持の方が強いように感じられるのだ。(H21.10.21)


あばえ (さようなら)

「あばえ へば あしたな」   
さようなら じゃまたあした、の意。子供の頃はこの「あばえ」が断然多かったが、何時の頃からか「グッバイ」と「へば」も加わるようになった。小学校も高学年になると「グッバイ」と言うのが何だか格好良く思えたものである。
標準語でもある「あばよ」とはどうもルーツが同じように思えるんだけど、どうなんだろう。(H21.10.3)

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あだこだ (ああだこうだ)

「あだこだ いってねで ちゃっちゃどやれ」   
ああだこうだと言ってないで さっさとやれ、の意。徒口をたたいでないでとか、能書を言ってないでとか、これは色々と言い方がありますな。だけど秋田弁ではそのものズバリ「あだこだ」、これは実に分かり易い。
今回の衆院選挙で圧勝した民主党が、3党連立で合意したそうだけど、それまでの協議ではそれこそ各党の思惑で、さぞやあだこだと言合ったことだろうね。(H21.9.10)


あいだば (あれでは)

「あいだば やざね」   
あれじゃ駄目だ、の意。「あいだば」は人にも物にも用いる。毎度の事だが、あいだばの「い」は曖昧音で表記に困る。「あえだば」と書いても大差ない。ただ、私の場合は「い」と発音している。この辺がネイティブでない。
余談だが、この「あいだば」の「だば」も秋田的な用法のようだ。標準語では「あれでは」一寸くだけて「あれじゃ」と言う。逆に秋田弁にはその「〜では」の用法がなくて、この「だば」で補っているところがある。(H21.8.15)

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んだべが (そうだろうか)

「んだべが ほにさいねな」   
そうだろうか 信用できないな、の意。「んだ」には色んな語尾がつく。それは五段活用どころではない。それに地区によってまた違った言い方があるので賑やかなものだ。「ほに」は「本気に(なって)信じる」と言ったところ。
今まさに政権交代を賭けた衆院選の公約が連日新聞に載っているが、各党とも、こっちの水はあ〜まいよ と言ってるようで、どうも俄には ほにさいねな。(H21.7.30)


んだがら (それだから)

「んだがら ばすこがいね もんだ」   
それだから嘘はつかれないものだ、の意。この「だから」は他に「したがら」という言い方もある。「したがら 駄目だって言ったべ」なんて具合で、どっちに言換えても何の不自然さもない。
又、「んだがら」には「そうだね」の意味もあって、茶飲み話で「んだがら、んだがら」と盛んに相槌を打ってたものである。(H21.7.11)

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んだでろ (そうだろう)

んだでろ いったべ」   
そうだろう だから言ったろ、の意。これは高校時代に初めて聞いた言葉だ。
当時は寄宿舎があって遠方からの入学生は寄宿したが、クラスでの寮生は数人で所謂「汽車通」の生徒が多数いた。その汽車通の「羽越線」のグループがよく話していた言葉だ。恐らく「〜でろ」がそっちの言葉で、言葉の端々に多用したものだろうが今では殆ど記憶がなく、この「んだでろ」だけが強く印象に残っている。
「高校三年」で離ればなれになって以来徐々に風の便りも途絶え、今や数人の所在を知るのみである。30代で鬼籍に入った友もいる。(H21.6.27)


んた (そんな)

「んたごど ねべ おが ばがくせごと 言うなや」   
そんな事はないだろう あまり馬鹿なことを言うなよ、の意。普通「んた」と言うと「いやだ」の意味だが、この「んた」もある。「んたわげ(訳)」「んたどこ(所)」「んたもの(物)」等々。しかし、この「んた」人によっては「んだ」と濁る場合もあって「んだわげ」となったりする。同じ意味で「そんた」とか「そんたら」という言い方もある。(H21.6.15)

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わらし (子供・童)

「わらしどご みでねば あぶねど」   
子供を良く見てないと危ないよ、の意。さて、頃は田植時。今でこそ大方の農家は大型の田植機を使って土日にチョイチョイと仕上てしまいますが、私らの子供の頃は総出で何日もかかったものでした。
そんな時、赤児はえずめ(飯詰・嬰詰)に入れられ田の縁にちょこんと置かれてましたが、なまじちょこまかと動き回る子供には困ったものでしょうね。丁度ハイハイをする頃の幼児なんかは、腰に紐を結び一方を近くの木に結わえたりしてましたなあ。(H21.5.19)


わたわたど (一生懸命に・バタバタと)

ばんげなるどで わたわたど やった」   
日が暮れるとて一生懸命にやった、の意。同じ一生懸命でも、もう夢中になってバタバタとやるような雰囲気ですね。そう「わっためがして やった」とも言います。
まあ、標準語にすると「一生懸命」になる言葉は意外と多いんですが、そのニュアンスは夫々違うんですねえ。ウ〜ン、こればっかりは上手く説明ができない。(H21.4.21)

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わい (おい・おや)

「わい んだってが」   
おい 本当か、の意。「わい」は感動詞の一つ。同じような意味合いでは「おっしゅ」「あえー」「あやー」「はいった」等がある。中でもこの場合は「おっしゅ」が一番近いかな。
兎に角、咄嗟に口を衝いて出る言葉で「あ行」なら何でも一文字で感動詞になり得る。あゝ「い」は無いか、ありゃ口に指を突っ込んで「イーッ」ってやるだけか。ときに、今の子供達もこの「イーッ」だの「あっかんべえ」なんてやってるもんかね、いや、大分横にそれちゃったな。(H21.4.3)


よちゃめぐ (よろめく)

「なんだ よっちゃめいで やっぱらったが」   
何だよろめいたりして 酔っ払ったか、の意。「よちゃめぐ」「よっちゃめぐ」「よためぐ」「よろげる」どれも皆この「よろめく」ことだ。「よろよろ歩く」なんてのは「よっちゃよちゃ歩ぐ」と言う。正によたよたとした様子で、或いは「よたよた」の転化だろうかね?
また「よちゃよちゃて」と言うと、よれよれになってる様。気のせいか政府も何だかよちゃよちゃてな、まっと ばりっとさいねもんだべか。(H21.3.17)

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よったえね (役に立たない)

いっつに ばでだってが よったえねな」」   
もう疲れたのか 役に立たないな、の意。この「ったえね」は「用に耐えない」だろうか、また弱くて「他愛もない」ことを「たえね」と言う。何れにしても役に立たない事には違いない。そう言えば「ばでだ」も「果てた」の転化らしい。通り一遍の疲れたよりも、へたり込んでしまう程の疲労困憊の観がある。
よったえねのは、そんな直ぐにヘナヘナとなってしまうやざね奴のことだ。(H21.3.6)


やっとが (かろうじて)

「やっとが いぎでるなや」   
かろうじて生きてるのよ、の意。「やっとが」はこの様に、どうにかこうにか、や何とかかんとか に当る。
この「が」がつかない「やっと かっついだ」と言う言い方もある。ようやく追いついたの意味で、この場合の「やっと」は標準語と同じ。何で「やっとが」なのか、この辺が何とも不思議で面白い。(H21.2.26)

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やずす (略す・省略する)

あましやずして 読まいねな」   
今はパソコンだから明快な文字だけど、以前は家庭に電話も無かったから通信は専ら手書きの葉書や手紙でした。そして、その殆どは楷書なんかではなく、やずし字でしたね。様や事なんて字はその代表格でしたよ。
そんなのを見ている内に子供でも自然に読めるようになったものです。その子供の字はこれまた大変な殴り書き、そもそも行書体も草書体も知らない訳だから出鱈目。
今その当時のノートを開いてみると丸で読めません。あれであの頃は自分の書いた文字を本当に読めてたものかなあ?。(H21.2.14)


やってば (何かと言うと・ややもすれば)

「やってば そいだもんな」   
何かと言うとそれなんだもんなー、の意。大体こんな時の「それ」は「酒を飲む話」ですよね。えっ、それは秋田だけ?。そんな〜。しかしまァ 秋田県は酒の消費量では常にトップクラスですからね、そう言われてもしょうがないか。
実際、秋田出身と言うと必ず「いける口だろう」って言われますよ。秋田だって下戸もいるのにね。
それはそうと、一頃若い人が社員旅行を敬遠するという話がありました。しかし、最近はまたその様な会の催しを望む若者が増えてきているそうですね。不景気になるとそうなるんですかね? (H21.1.28)

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やせうま (お年玉・駄賃)

へば、やせうまっこ けらな」   
それじゃ お年玉をあげよう、の意。この「やせうま」は「やせま」とも聞いたようで(「せ」は「へ」とも発音した)、遠い遠い記憶に有るような無いような……。
本によると「痩せ馬」で、「小遣」や「駄賃」の意味で用いていたのだとか。古代、馬が引出物に用いられたその名残ではないかと言う。そして「痩せ…」と断るのは「些少」との意味合いで、決して痩せる思いと言うのではないそうな。
因みに、おらほでは「小遣」は「こじげ」又は「こじけっこ」と言ってましたな。(H21.1.12)