旅のエピソード 2002年−2うさぎ


台北 麺の旅 1.

(そろそろ寒さの身にしみる2002年12月初旬 4泊5日の旅行でした)


あまりの安さに、つい・・・

今年の晩秋〜冬は、あたたかいとの予報が大外れ。結構寒い日が続きました。
ノースウエストがアジアキャンペーンをやっており、そのページの「航空チケットが当たる!」というページにスケベ心で登録をしていたのです。
11月末近いある日、突然「登録されたあなただけへのお知らせです」なるメールが届きました。
何と、成田から北京、上海、台北、高雄、ソウルなど、関空から台北などが一律往復12,000円とのことではないですか。
Map 12月10日迄限定で、大阪からだと台北だけですが、格安チケットを買っても
35,000円位ですから、これは見逃せません!
「おーい。台湾どないや?」我が家の大黒柱(?)女房殿にお伺いを立てます。
私は台湾には一度行っているのですが、どうも女房殿のイメージの中で、台湾はあまり重要なポジションに無いようです。
「え〜?台湾・・・?私マカオの方がいいなあ」と話がなかなかかみ合いません。
台北経由マカオも調べますが、料金や時間から難しいことがわかります。そこで、女房殿の飛びつきそうなネタで口説くことに・・・・。
「台北の故宮博物院素晴らしいで!」「新北投の温泉入ってみたくないか?」「台北には中国全土の中華料理があるから、お前の好きな麺の食べ比べができるで!」 「それに、何ちゅうたかて、旅費安いがな!」
やっと、女房殿を攻略。12月3日(火)出発で、台北に4泊。12月7日(土)帰日の5日間の旅のスタートです。
泊まるホテルは、交通便利そうな台北駅そばの「COSMOS HOTEL(天成大飯店)」朝食付き1泊10,500円也です。

目的地は遠かった?

出発当日です。出発便NW69便は関空発18:25ですから、あわてることはありません。
普段通り、なんやかやと家で雑用をこなしていると、ノースウエストからの電話です。
「台北行き69便はアメリカのデトロイトから来るのですが、デトロイト空港が悪天候のため出発が2時間ほど遅れています。 関空発も2時間ほど遅れる予定ですので、空港には18:30頃にお越し下さい。」
おや、おや、20:30頃台北に着くはずが遅くなりそうです。
結局、出発はさらに遅れ、関空から3時間余のフライト。時差1時間で、台北の中正国際空港到着は、現地時間午前0時過ぎのすっかり深夜となりました。
(前に搭乗したときはかなりひどかったNWの機内食、今回は結構良く、美味しかったので満足。)
台北空港から市内へのバスは、何社か競合中で料金も異なっています。深夜でバスの本数も減っていることもあり、手近な「大有巴士」(巴士はバスと言う発音ですね) に乗ります。料金は安いのですが、フロントガラスにヒビが入っていたりして、あまり綺麗なバスではありません。
このボロバスが、深夜の高速道路を市内中心部に向かって飛ばしまくります。

やがて、車内の電光掲示板に「台北車站」と言う表示が現れ、台北駅前到着のようです。「Taipei Station?」と運転手に聞きますと「うん、うん」と首を振ります。
降りてスーツケースを受け取りますが、広い道の端の薄暗い場所です。何となく駅の方向を指さしてくれた運ちゃんを信じ、歩き出しますが、暗い道に人通りは殆ど無く何だか心細いところです。
しばらく進むと、やれ幸い、警察署らしい建物です。入り口には深夜でも警官が立っています。
「コスモスホテルに行きたいのですが、どこですか?」聞きますが日本語は勿論、英語は全く通じない。
「Cosmos Hotel?」聞き返してはくれますが、全く知らないらしい。「天成大飯店」は中国語では何と発音するのか?わからないまま立ち往生です。
結局「Taipei Station?」と再度質問して、やっと駅への方向が確定します。
広々としてやたら大きな、工事中の駅前広場前の真っ暗な歩道をしばらく歩いて、やっと「天成大飯店」のネオンを見つけました。
あとでわかる何とか・・・で、同じ台北駅前停留所でも、料金が安い大有巴士は、駅から一番遠いはずれにBUS STOPがあったという、お粗末でした。
ホテルへのチェックインは午前1時半すぎ。日本から本当はとても近いはずの台北は、結構遠かったのです。

担担(タンタン)麺からスタートです

12月4日。台北第二日目。窓のカーテンを開くと、良い天気です。眼下に台北駅が陽の光を浴びて威容を誇っているのが見えます。
何しろ昨夜が遅すぎて、すっきりとした目覚めとはゆきません。遅めの朝食に下りると、ピンクのテーブルクロスと、同じくピンクのリボン付き椅子カバーの掛かった 可愛らしい雰囲気の、広々したダイニングルームです。
洋・中にみそ汁、ご飯などの和もそろったビュッフェ形式の朝食ですが、メニューもなかなか豊富です。
我々の注文は、オーダーしてから作ってくれるオムレツと、担担麺という不思議な組み合わせになりました。
「台北麺の旅」第一品目は、かくして「担担麺」ということになりました。あっさりしたスープに半割したゆで卵が入って、美味しい麺です。

朝から美味しいものを食べて元気百倍の単純な二人は、台北の街に繰り出します。
とにかく、自分達の足で歩くにこだわる二人です。地図を片手に南北の大通り「中山北路」を北に上がり、例によってどこにいっても立ち寄ることにしている JCBプラザを目指します。亜熱帯の台湾です。12月でも春秋並の快適な気温です。
台北は市会議員選挙(?)の真っ最中のようです。道を跨ぐ陸橋の手すりには、候補者とその番号を染め抜いた幟が林立して風にはためいています。
10数年前に訪れたときと比べると、街はずっと綺麗になり、溢れかえっていたバイクの群もかなり少なくなっています。
ただ、最近はSARS騒動で皆が付けだしてあまり不思議に思わなくなったのですが、排気ガス対策のために、かなりのバイク・ライダーがマスクを付けて乗っています。 それも、白ではなく、カラフルな色々なデザインのマスクで、中にはスヌーピーのマスクもあります。(夜店で販売中。安物なのに、なぜか日本製と書いてあるのが多い)

JCBプラザ

途中「中山市場」があり、市場フリークの二人はすかさずチェックに入りますが、台北でもスーパーマーケットや、コンビニへのシフトが進み、 そこそこの規模でありながら、一部の店が歯抜けだったり、市場は活気無く何となく閑散としています。
やがて、ブランドショップが多い中心街の一角のJCBプラザに到着です。
それにしても、途中「洋服の青山」や、「吉野屋」などのおなじみの店が目につくだけでなく、「ダイソー」まであるのにビックリ。ここは本当に外国か?
もっとも、ここでは、おなじみのコンビニ「サークルK」は「OK便利商店」、「ファミリーマート」は「全家便利商店」で、何となく微笑ましいのですが・・。

JCBの係りのおねえちゃんは、日本に留学していたという台湾美人です。景品のウエットティシューを貰ったり、美味しいお店を聞いたり、夜市情報を聞いたり、九イ分への行き方を聞いたり 本当に旅の強い味方です。
このおねえちゃん、やはり上流階級の出で、日本留学も影響か?
「夜市は見て歩くのは楽しいですが、食べ物を食べるのは止めた方がよいと思います。非衛生ですから私も殆ど食べません」
というアドバイスをくれます。同時に庶民的な一部夜市も、「柄が悪いから行くのはやめた方が・・」と外務省並のコメントでした。
もちろん、関西の「柄の悪いオッチャン&オバハン」です。当然上記のような正しいアドバイスを守るわけありませんでしたが・・。

プレゼントにJCB印除菌ウエットティシューを貰っただけで、厚かましい二人は、 大変お世話になったJCBプラザに別れを告げ、近くの我が家御用達ブランド「ロエベ」のブティックを冷やかして値切ったり(買いませんでしたが、値引きあります)、百貨店や、近くのスーパーの売場を覗いたりした後、 「中山北路」を南下。ホテルに戻って一休みの後、近くの横町でお昼にすることにします。

第二弾はジャージャー麺です

横町には、ビジネスマン向けの定食屋さんと言った感じの飲食店が軒を連ねています。
それぞれが得意メニューを全面的に打ち出して、競い合っていますが、持ち帰りも含めて行列の出来ている店に狙いを付けます。
入り口側で調理して、テイクアウト販売をし、中で飲食というスタイルですが、片側全面カウンター、反対側も4人掛けのテーブルが3つほどの小さな店です。
売り物は「ジャージャー麺」「水餃子」のようですので、当然それを頼みます。
一皿10個入りの「水餃子」は少し皮が厚めでしたが、味は良く、しっかり腹の足しになります。「ジャージャー麺」は、さすが売り物だけに美味!味噌の味が何とも言えません。
いずれも一品40元(140円位)で、満足の第二弾でした。

美味しいものを食べて、またまた元気百倍の二人は、台北駅で明日の九イ分行きの時刻をチェック。地下に潜って地下鉄(MRT)の一日券を買います。これさえあれば、台北中ほとんどどこへでも行けます。
まずは、温泉のある北の新北投を目指します。捷運MRT淡水線又は中和線で12駅目の北投まで行き、新北投線に乗り換えてすぐです。 途中からMRTは高架を走り、かの有名なゴージャスホテル「丸山大飯店」が山の中腹にドーンと威容を誇っているのが望めます。

「い〜い湯だな」の瀧乃湯

台湾の温泉は、日本の統治時代に日本人の手によって開発されたもので、日本的色彩を色濃く残しています。
改札横に「温泉珈琲」という可愛らしいコーヒースタンドのある、とても立派な新北投の駅を出ると、駅前広場は選挙一色で、色とりどりの幟や看板が立ち並び、同色のブルゾンを着た運動員達がしきりにチラシを配っています。
広場前の大きな公園を抜けると、川沿いの温泉街と向かい合わせに「温泉博物館」なるものがあります(入場無料)。日本統治時代の温泉施設そのものが保存されており、昔の湯船や浴衣までが保存されています。
何しろ日本的温泉文化ですから、見学する台湾人達も興味深そうです。
すぐ近くに公営の露天大浴場があります。台湾の温泉は水着着用が多く、ここもそうです。因みに台湾には、「温泉用水着」なるジャンルが存在し、夜市等で結構派手な柄物が売られています。
行ってみると、さすが公営。中間の清掃時間ということで1時間ほど入場禁止の時間帯です。折角温泉用に日本から水着を持参したのですが、諦めて、近くの老舗の風呂屋「瀧乃湯」に行きます。

「瀧乃湯」は昔の日本家屋そのままです。周りがビル化した中で、古色蒼然とした日本がそのままある感じです。
由緒正しきお風呂やさんで、庭には、昭和天皇が皇太子時代に立ち寄られたという記念の石碑が立っています。
他の温泉旅館は、入湯料と休憩する部屋代がセットになっているため結構高い料金設定なのですが、この「瀧乃湯」は銭湯スタイルのため、入湯料は大浴場@70元(約250円)、家族風呂@100元(約350円)とお安い設定です。 水着着用ではなく、日本式に裸で入る温泉です。
入り口で料金を払い、男女に区切られた衝立を入ると、暗い蛍光灯の灯りに、昔の田舎の温泉そのままの空間が広がり、湯船が目の前です。狭い靴脱ぎに続いて、壁一杯のオープンな脱衣棚があり、その前に幅1m位の板の間と休憩用(?)の細長い床几風の板があるのですが、どこもかしこも濡れてビチャビチャです。
板の間から30cm程下がって狭い洗いがまちと二つの湯船があります。10人ほどの台湾人が、思い思いに湯につかったり、寝そべったり、お喋りをしたりしています。中には湯船のまわりで体操をしている人もいます。
結局、靴下も一緒に脱いだ靴を脱衣棚の下の靴置き場に入れ、滑らないように気をつけながら、ズボンが濡れないように床几の上で脱衣をします。
奥が洗い場なのですが、水のシャワーと水道しかありません。
熱めですが、透明なお湯はとても気持がよい。先客同様に何回も入ったり出たり、持ち込みのペットボトルの水で水分補給しながら、温泉三昧です。 思わず出てくる、温泉つきものの「あ〜極楽。極楽!」という言葉。
女湯に入った女房殿は、日本語を話すおばあちゃんの通訳で、台湾人の先客達とすっかり「裸のつき合い」をしてきたそうです。

淡水の夕景

風呂から出ても身体中ホカホカして、なかなか汗が引きません。しばらく身体を冷やしてから次の目的地「淡水」に出発です。
新北投駅のホームから「住商不動産」なる、日本風のいかにも立派な不動産屋さんの看板が見えます。更に隣にある不動産さんは「21世紀不動産」とスケールが大きそう。
女房殿がお風呂の中で教えて貰ったのだそうですが、「多くの台湾人は日本を尊敬して、あこがれを持っている。」とのことです。確かにどこでも日本人とわかると親切にしてくれる人が多いのは確かです。
日本的なものに対する憧れか、お店などの名も日本的なものが流行っています。看板にも「○○家」とか「○○の○」などというのが幾つもあります。(中には「の」の字が横になっていたりすることもあるのですが・・)
サブタイトルにも、「日式(日本式)」とか、「日的(日本的)」とかの言葉が高級というイメージで使われています。
「日本に憧れ、日本のまねをしたために、台湾経済は日本にスライドして悪くなった。」という人もいるのだそうですが、「占領・統治した歴史」という彼らへの負い目を感じながらも、我々を大切に扱ってくれる人々に感謝の気持ちが一杯です。

新北投から約30分弱。北投乗り換えで淡水河河口の景勝地、台湾のヴェネツイア「淡水」到着です。駅を出るとすぐに、淡水河に面して公園、遊歩道が広がります。
河口に近いところにスペイン人が建てた砦「サント・ドミンゴ城」こと「紅毛城」があるので、向かいますが、道を1本間違えて遠回り。5時で閉まる「紅毛城」着は4時40分で、残念ながら入れて貰えません。
立ち直りの早い二人です。こんな事にめげるはずもなく、河岸に向かい有名な淡水の夕景を堪能することにします。
ふと振り返ると、ボロボロに朽ち果てた日本家屋が見えます。このあたりは昔日本人が住んでいたのでしょう。付近には数軒同じように朽ち果てそうな日本家屋があるようです。

河口の幅広い穏やかな水面と、それに遠く続く海。やがて赤い夕暮れが薄墨色に変化して、すこしずつあたりが沈んでゆきます。
対岸のずんずん黒ずんでゆく山腹に、家々の灯りが点々と光り出します。 淡水の夕景は、その能書きに違わず素敵で、ふと、昔子供の頃に見たような、そんな懐かしい眺めでした。

駅に向かう河岸沿いの道に「淡水の夜市」があります。たくさんの飲食店や、物販店、やたら目立つマッサージ店等が並び、多くの人でとても賑やかです。
また、淡水には真理大学をはじめ、たくさんの学校が集まっていて、色々な制服を着た学生達が目立ちます。
夜市を過ぎて駅前広場まで行くと、ビルの上にあのスタバのマーク。世界中我々が行くところ必ずスタバありで、ちょっと複雑な気分です。

士林夜市そして究極の麺

夕景を満喫した二人は、淡水駅から台北に向かうMRTに乗って、剣潭駅で下ります。ここに、全てのガイドブックに紹介されている、台北一の規模「士林の夜市」があります。
駅を出て、ゾロゾロ歩く人々の後をついてゆきます。左側に大きなショッピングセンターのような建物がありますが、出店数500以上の屋内屋台街です。しかも半分以上は飲食店で、 本当に、ありとあらゆるジャンルの中華その他がひしめいています。
その規模の凄さと賑わいに圧倒されます。どの店も殆どカウンターなのですが、良く入っています。中でも、鉄板焼きの店が目立ちます。どうやら台北で流行っているらしい。

そこを過ぎるとやがて、屋台の建ち並ぶ夜市のど真ん中です。縦横に交叉する路地全部が夜市です。大ボリュームの音楽や、「安いよ!安いよ!(推定)」と叫ぶスピーカーの声などが 響き渡り、たくさんの人々が行き交います。そこに無理矢理入り込んでくるスクーターがいたりして、大騒ぎです。
結局夜市では、色々な柄がプリントされた台北名物のマスクを土産に買っただけで、引き上げです。
途中露店で、とても美味しそうな「牛舌餅」なる焼き餅を見つけてゲット。「美味い!美味い!」と関西のオッチャン、オバチャンの行儀の悪い歩き食いです。
元の剣潭駅からまたMRT乗車となりますが、一休みした駅前の喫茶店の珈琲が@90元(310円)もして高かったことが気に入らずに、二人ともしばらく機嫌悪くブツブツ文句です。
二人とも、もう、すっかり台湾物価モードなのであります。

日頃の精進のたまものか?二人は途中下車の中山駅近くの「新光三越百貨店」の裏道で、今回の台北旅行中最高の味わいの麺に出会うのです。
例によって、地元の方が沢山入っているのを確認して入りますが、 その店は店名看板もなく、「台南料理」という照明看板が道路に出ているだけの店でした。入り口まわりの塗装は新しいようで、どうやら最近代替わりで開店した店らしい。
店は風采の上がらない、田舎から出てきたばかりのようなオジサンが一人でやっています。
壁の品書きから麺という字が入っているものを選ぼうとしますが、食べたいスープ麺かどうか良くわかりません。店のオジサンも英語も日本語もダメでお手上げ状態です。
ここでお助けマン登場。お客さんの中から英語の出来る方二名が助けてくれます。特にビジネスマンらしいオジサンは詳しい。我々の希望を聞いて、品書きを見ながら検討。店のオジサンに確かめた後ご託宣が下ります。
「この麺が、多分日本のラーメンに一番近いと思うよ。」と有り難いお言葉です。
「懐石意麺」この麺の名前です。@70元(約250円)で、この店では高価な方のアイテムです。澄んだスープに、キシメンより薄い細はば麺。エビ、野菜、肉のスライス、ゆで卵丸ごと一個入りの具沢山の麺です。
「おいしい〜!」「美味い〜!」B級グルメの王様、女王様を勝手に自認する二人の感嘆の叫びが響き渡ります。
続いて、店の奥の蒸籠が気になって、覗きに行ったオッチャンが見つけた「清蒸肉團」です。
蒸してあった半透明の大きな団子がダシ汁に入れられて、上には中国の芹がかかって良い香りです。柔らかく、プリプリして、中からジワーッと肉汁が出て、これまた美味、美味。
団子2個入りで@35元(120円程)の嬉しい価格です。美味そうに食べる私達を見て、まわりのお助けマンの方々も大喜び。「どうだ、この店美味しいだろう?」と自慢げです。
満足。満足。ですっかり豊かな気分になった二人の長い一日は、これがフィナーレ。店のオジサンやお助けマン達に「謝謝。ハオチー」と挨拶してホテルに戻ります。

熱い風呂に入ってバタンキュー。相変わらずの貧乏性。よくまあ、ウロウロ歩き回る二人なのであります。
明日は、一時代前の台湾が残る景勝の地「九イ分」へのエクスカーションです。

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to be continued.........お話はまだまだ続きます。

NEXT・・・台北2へ

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USAGI....................