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夏コミ用書き下ろし 「世界の片隅で」


注:この物語はラグナロックオンラインを基に書かれていますが、必ずしもゲーム設定に忠実ではない場合があります。
ご了承下さい。



「くっ…」

痛々しい声。
遠目から見ても満身創痍なことは明らか。
片足を引きずりながら男は町の十字路を渡る。
全身ずぶ濡れの身体から、恐らく下水道にでも行っていたのであろう。

最近になって、再び活発化し始めたモンスター。下水道も例外ではなく、毎日そこに巣食うモンスターを殲滅しようと冒険者が訪れている。
この地区は比較的低レベルのモンスターが生息している。
しかし、闇の色に染色された遥か大地の下には『金色の悪魔』と恐れられている敵も確認されていた。

「やっとついたか」

男から安堵のため息が漏れる。
街の中さえ入ることができれば安心。
なぜか街だけはモンスターが襲ってこないのである。
…どこぞの聖職者が世界中の街に結界を施した、と言われているがあくまで噂にすぎなかった。

男は宿屋に向かう気力もないらしく、すぐそこの銅像の横に座り込んでしまった。
ほどなく、視界が暗くなる。
今日は晴天のはずだったのだが。

男は顔をゆっくりと上げる。
そこには心配そうな顔をした女性が立っていた。
癒しの象徴。
一部の人間からは旅人のアイドルとも呼ばれている。

その名をアコライト。

「大丈夫ですか?」

彼女は男の傍に座る。

「あまり近寄らないほうがいい。なんせ下水の水に特攻して来たばっかだし」

「ふふっ。平気です。私、風邪気味で鼻がつまっていますから」

そう言って彼女は微笑んだ。
もちろん風邪のことは嘘であろう。

「そうか。じゃぁ、俺に何か用でも…って言わなくても分かるけど」

彼女達アコライトは、傷ついている人間を見つけると無償で回復してくれる場合が多かった。
それゆえ、ナンパ目的でわざと怪我をする冒険者が後を立たないとか。

「ご察しの通りです。…とは言っても、もう終わっていますけど」

その一言で男は気がつく。
身体が軽くなっている。全身の擦り傷もすっかり塞がり、深手だった片足の怪我もすっかり治っていた。

「驚いたな」

いくら意識が朦朧としていたとは言え、まったく気がつかれずに怪我を治してしまうなんて。

「君、本当にアコライトか?」

男の投げかけた疑問に彼女は笑顔で流す。

「さて、もう大丈夫ですね。一応言っておきますが、あまり無茶してはいけませんよ。それと、今日は念の為早めに寝てくださいね」

そう言って立ち去ろうとする彼女を男は止める。

「ああ、ちょっと…」

彼女はくるりと振り向く。
柔らかそうな髪がそよ風に揺られる姿に男は一瞬、我を忘れる。

「やっぱ、何かお礼をしなきゃな。嫌な匂いを嗅がせた…と、そういえば風邪気味だったっけ」

「そうですよ。それにお礼なんていりませんよ」

「まぁまぁ、我を治してくれたんだから当然だよ。それに結界型回復魔法なんてレアな物見れたしね」

その単語に少なからず驚く彼女。

「…貴方、ただの剣士ではありませんね?」

同じ質問を今度は彼女が言う。
もちろん、男は笑顔で流す。

それからお礼をする、いらない、のやり取りが数分間続く。

先に折れたのは彼女だった。

男は道具入れに手を突っ込んで物を探す。

「それじゃぁ、瓶いっぱいに詰まった蛙の卵を…」

「本気で言っているのですか?」

笑顔で話しかける彼女。
あたりまえだが、目は笑っていない。

「は、はは…冗談です。申し訳ございませんでした。」

男は本気で撲殺される予感がしたので速攻で謝る。

「えーと、めぼしい物が無いからこれで勘弁してくれないか」

彼女に渡したのは緑色に光る宝石。

「いいんですか?」

「ああ、店にでも売って旅費の足しにでもしてくれ」

彼女は静かに首を横に振る。

「いいえ、貴方の気持ちが込められた物ですよ。それに異性から貰うのは初めてですし」

「そうなのか?まぁ、好きにしてくれ」

男は立ち上がる。

「さて…そろそろ宿屋に戻るか。」

「では、私もこれで…」

二人は軽く挨拶を交わし、別々の道を行く。
少し歩いた時点で男はふと、気がついて振り向く。

だが、すでに彼女の姿はどこにもなかった。

「あの娘の名前、聞き忘れたな…」

この広大な世界の中で再び出会う確率はきわめて低い。
せめて名前ぐらいは聞いておきたかった。

男は呟く。

「しっかし、怪我の理由が捨ててあったバナナの皮で滑って、下水に落ちた時にできたとは夢にも思わないだろうなぁ」




次の日。
男はあの後すぐに倒れこんでしまい、目が覚めたのは次の日の昼。
怪我は治すことはできても身体的疲労までは回復することはできない。
魔法なんてその程度である。
決して完璧な魔法なんて存在しない。

戦利品を道具やで売り、飯でも食べようかとぶらぶら歩いていると

「クルタお兄ちゃん」

聞きなれた声。
宿屋から少し離れたところでいつも花を売っている少女。
街中で彼女を知らない人間はいないと言われるほど有名であり、ひそかに親衛隊結成されているとの噂もあるほどの人気があるらしい。

まだ幼い娘がなぜ花を売っているかは誰も知らない。
そんなことはどうでもいいのである。

クタルと呼ばれた男は少女のほうへ向かう。

「何か用か?嬢ちゃん」

どう言う訳か、リオはこの少女に気に入られてしまって何かあれば呼び出される始末である。
リオも『お兄ちゃん』と呼ばれて悪い気はしなかったので話に付き合うことにしていた。

「もう!何か用か、じゃないよ。昨日ぼろぼろになって帰ってきて…私心配したんだよ?」

「ああ、それはすまなかった。でも大丈夫だ、すぐに…」

言いかけたリオを制して

「すっごい綺麗な人に回復してもらったんでしょ?」

少女の瞳が輝く。
やはり、年齢に関係無く女性は色恋沙汰が大変好きらしい。

「いや、綺麗かどうかは良く分からないが」

「はぁ…お兄ちゃん、昨日の人が綺麗じゃなかったらこの世の9割の女性が不細工になっちゃうよ…」

ため息交じりに少女は

「で、名前はなんて言うの?」

「ああ、聞き忘れた。いや昨日は本当に意識が朦朧としてたんでな」

少女はさらに呆れた顔つきに。

「もう!そんなんだから、いつまで経っても恋人ができないんだよ。お兄ちゃん『顔だけ』なら十分合格点なんだから…」

お決まりの小言が始まる。クルタはこの愛らしい娘の必死の説明が好きだった。最後は決まってクルタが奥の手『話題転換の法』を使って話をうやむやにしてしまうのだが、今日は少し違う。

「…と言う訳でお兄ちゃんにはこれからやってもらいたいことがあります」

「はい?」

いきなりこちらに話を振られてマヌケな声を上げるクルタ。少女はお構いなしにスカートのポケットから取り出した一枚の紙切れを渡す。

「えーと、これは何かな?」

「何も言わずその紙に書いてある場所に行って。行けばわかるから」

紙切れには女の子特有の文字で数行書かれている。数分もあればつく場所である。
ふと、クルタの頭に疑問が沸く。

「なんで俺が行かないと行けないんだ?」

その指定されている場所はかなりの人が集まる。クルタは人ごみが好きではないので渋る。
しかし次の瞬間少女はクルタにとって恐るべき単語を言った。

「バナナの皮…」

即座に反応するクルタ。少女はさまざまな人と触れ合っている。故に自然と最新の情報が伝わってくるのである。
最近では率先して彼女に情報を提供する人間もいるそうだ。

「そ、それがどうしたんだ?」

十人聞いて十人が動揺している、と答えるような表情で聞くクルタ。
少女は問いには答えず

「もちろん引き受けてくれるよね?大丈夫、まだ誰にも話していないから」

裏を返せば「もし断ったら例の一件のこと皆にばらしちゃうよ、お兄ちゃん」との意。
クルタのとれる行動はたった一つ。

半泣きになりながら首を縦に振る他なかった。



街の中心にある大きな噴水。
もっぱら待ち合わせや商人達の路上販売に使われる場所である。
今日も商人達の間で静かに戦いが繰り広げられている。

いかに客を呼び寄せるか。

レアアイテムを値段を他店より一割安くしたり、店舗名で興味を惹かせたり等さまざまである。
商売繁盛しているところもあれば逆もまた然り。

彼女の品は明らかに売れ残っていた。
決して品揃えが悪いわけではなく、問題は彼女自身であった。

うつむいてベンチに腰掛け、じっとしている。
深めにかぶった帽子で表情は全く分からない。
むしろ店を出していることすら気がつかれていないのではないだろうか。

店員が暗いと客もあまり良い気分にはならない。かと言って明るすぎるのも問題はあるが。
実際、彼女の店で買ってくれた客は朝から今までたったの二人。
それでも客が一人もこない日なんてざらだったので、ましな方だった。
彼女が昼飯を食べようとその場を離れようとした時

「すいませーん」

のんきな口調で一人の男が尋ねてきた。

「は、はい。なん、なんでしょう?」

やや裏返った声で対応する。
商売がうまく行かない原因はここにあった。彼女は見知らぬ人と会話をするのが大変苦手である。それでも今は店員と客の関係なのでなんとかなっているのだが、本当は逃げ出したいほど緊張していた。

男は品のラインナップをぐるりと見渡す。値段は悪くない。体力回復用の食べ物は相場どうりだし、ちょっとした珍しい品(レアアイテム)なんてむしろかなり安い。

「問題があるとすればさっきからじっと俺のことを凝視している君ぐらいか」

「…あっ…」

彼女はあわてて視線を逸らす。よっぽど自分の店に客が来たことが珍しかったのか、先ほどからじっと見つめていた。

「いくらなんでも買いずらいぞ」

「す、す、す、すみません…」

顔を真っ赤にして謝る彼女。

「まぁ、今ので君がこの紙に書かれている人物だというのが分かったけど」

「え?」

「自己紹介がまだっだたな。俺の名前はクルタ。しがない剣士だ。今日は嬢ちゃん…すぐそこで花を売っている娘のことね、からの依頼で来た」

「はぁ…」

いきなりのことで困惑する彼女。
ただでさえ緊張しているのに、突然の事態に何も言えなくなってしまう。

「むぅ…まいったな…」

クルタはこのままでは日が暮れても話が進まなそうだったので強引に昼飯をおごる変わりに話を聞いてくれないかと提案することにした。


彼女が話を始めると印象がからりと変わった。
かなり明るい性格である。
単に人前での会話は恥ずかしくて緊張するらしい。

クルタもここまで心を開かせるために細心の注意をしつつ進めた。
始めのうちは黙っていた彼女だが、ふとしたきっかけで今までのうっぷんを晴らすかのように喋り出した。

クルタは自己紹介の後、自分の失敗談を織り交ぜながら話した。
初めて出会う人間に対してはこれが一番である。
俺は○○が出来る、なんてことより俺はこんなにもどうしようもないことをしでかした、と言う話題のほうが絶対に良い。
相手に親近感を早く持たせるには有効な手段で、実際クルタが次々と失敗談を話し、例のバナナの皮事件を話しているときはすっかり対等に話しをしていた。

その中でクルタが驚いたことはなんと彼女…サリリは自分より年上と言われた時だった。
サリリもクルタより年上と言うことが発覚するととたんに『お姉さん』っぽく振舞い出した。
全然年上には見えないが。

「そうだ、クルタ君。さっきから気になっていたんだけど何で依頼なんか受けたの?」

「あーそのことか…」

自分の半分も生きていない少女に弱みを握られ半分脅迫された、からなんて口が裂けても言えない。

「嬢ちゃんにはいろいろと世話になっているからな。それに緊張してまともに接客できないレアな商人もみたかったし」

「う〜。ねぇ、さっきから私のこと年上と思ってないでしょ?」

「それより準備はいいか?そろろそ着くぞ」

さりげなく話題を逸らし、再び噴水の前へ辿りつく。
とたんにサリリは帽子を目元まで下げてしまう。

「おいおい…」

やれやれ、といった表情でサリリを見る。
花売りの少女から受けた依頼内容は『商売の手助けをする』とのことも含まれていた。当然、彼女がこの調子では依頼成功は難しい。

「ほら、商人が顔隠したら商売にならないだろ。せっかく今まで接客の練習したんだから」

「で、でもやっぱ無理だよぉクルタ君…」

年上のくせに微塵も感じさせないサリリ。それはそれで彼女の魅力なのは確かなのだが、今はそうは言ってられない。

「ふ…ふふふふふふ…」

クルタは不気味な笑みを浮かべつつある行動に出た。

強制実行。

まずはサリリの帽子をすばやく剥ぐ。そして彼女がいきなりのことで硬直している瞬間にヘアバンドを装着。
ただし、今回はただのヘアバンドではない。
巷では数万単位で取引が行なわれている人気商品。
ぴょこん、と動物の耳がオプションとして備わっているレアアイテム。

通称ネコミミ!

「え?え?え?」

ざわり。
辺りがどよめく。
混乱しっぱなしのサリリを無視してクルタはその反応に満足する。
彼女は結構かわいい顔立ちをしているのだ。
さらにネコミミ相乗効果でさらに増している

帽子で顔を隠すなんてもったいない。
ましてや商売をしている身。取引相手がかわいい、もしくは美人だったらそれだけで客が訪れる。

…ほとんどが男性客になってしまうが。

とりあえず噴水の周りにいる大半の人間の注目を集めることに成功した。
間髪いれずクルタは叫ぶ。

「はい、いらっしゃいませー!ただいま特別期間中につきイモ100個買うごとになんと10個無料!!」

最後の言葉だけ強調し、客に印象付ける。しかしこれだけではまだ弱い。
クルタは続けざまに

「しかも今ならこちらにいるドジなネコミミ商人さんが笑顔で接客ー…っていっても営業スマイルですので変な期待をしないで下さいねー」

どっと吹き出す人々。
等の本人はやっと自分の置かれている状況を理解し、とんでもないことに気づいた。

「ク、ククククルタさん!何言ってるの…」

「はいはい。文句はあとでいくらでも聞くからさっさ接客しないと」

「え…?」

見るとサリリの店の前には我先と並ぶ人々。
男性をターゲットに選んだはずだが女性も結構いる。
何はともあれクルタの作戦は成功した。

「で、でも…私緊張して…」

「大丈夫。ちゃんと一緒に手伝うから。むしろそのほうがウケは良いかもしれんし。」

あわてふためく彼女を落ち着かせて営業開始。

「すみませんイモ300個下さいー」

「は、はい、え、と『ネコの亭』へお越し頂いて、あ、ありがとうございます!」


「よかった…なんとかうまくいったみたい…」

店に群がる人を見てホッと胸をなでおろす少女。
クルタに頼んだまではよかったのだが、やはり気になって様子を見に来たのだ。

「ありがと…クルタお兄ちゃん」

そう呟いて彼女自身も営業を再開しようとその場を離れる。
その時、

「あ…あの…」

やたらと暗い声が聞こえてくる。少女は声の主のほうへ顔を向ける。

そこにはやせ細った身体の男が立ってた。
ぼさぼさの髪。底が厚そうな眼鏡。
一応アコライト見たいだが清潔とは対極に位置する身なり。

少女も接客業をしているので大抵の人間には普通に接することが出来るが、今回は違った。
知らない人間に慣れている少女でさえその男の目とあった瞬間、鳥肌が立った。

濁った瞳。
焦点はかろうじてあっている、という程度。

そのまま無視しても良かったのだが、一応少女は対応した。

「私に何か用ですか?」

「…花束を…」

ぼそり、と呟く言葉を聞いて少女は少し安心する。

「あ、はい花束ですね。ありがとうございます。贈呈用ですか?」

いつもどうりに接客をする少女。
手早く花束を作って男に渡す。

「こちら、5000zになります」

すっと男が金を出す。少女は正直、男の手に触れたくなかったのだがしかたがない。

そして少女にお金が渡った瞬間、それは起きた。
いきなり少女の手をわしづかみにする男。少女は驚いたがすぐに対応する。

「申し訳ございませんが、手を放してもらえすか?」

だが手を離すことをしない男。さらには力を込めて少女を引き寄せようとする。

「あの…!離して!」

ここまで来ると営業もへったくれもない。逃げることだけを考える。
男はニタリ、と笑いつつ。

「ぼ、ぼくと結婚してよ…」

少女は青ざめて言葉を失う。
こんな人通りが多い所で、しかも真昼間から異常なことを言った。
さすがに近くにいた剣士が見かねて少女を助けようと間に入る。

「おい、てめぇなに寝ぼけたこと言ってんだよ。この子おびえているじゃねぇか」

無理やり少女から引き離そうとするが思いのほか力が強くなかなか離せない。

「…じゃまだね…」

どぐっ!と鈍い音と同時に壁に激突する剣士。
男がメイスで思いっきり吹き飛ばしたのだ。

「がっ…」

その音を聞きつけて人が集まり出す。

「おい!どうした!?」

「…あの野郎が…花売りの嬢ちゃん…」

剣士意識を失う。まさか街中で殴られるとは思ってもいなかったので受身も満足に取れていなかったのだろう。

「…くく…ぼくの邪魔するからだよ…さて…」

男はぎょろり、と集まってきた人間に視線を向ける。
そこにいた誰もがその異常な瞳に寒気を覚えた。
男は片手を高く上げ、呪文を詠唱する。

「おい…やめ…」

誰かが言い終わる前に光が解き放たれた。
男を除く全員に襲い掛かるものすごい重圧。
彼が唱えたのは相手の動きを鈍くする呪文だった。

「な…うそだろ…」

男は満足げに笑いながら少女へ顔を向ける。

「ねぇ…結婚しようよ…ぼく…きみのこと前から好きだったんだよ…」

少女はもう怯えてはいなかった。ただじっと相手を睨んていた。
クルタから教えてもらったこと。
どんなに窮地に立たされてもぜったに目をそらすな、と。

「…なんでそんな目をするんだい…ねぇ…ねぇ…ねぇ!!」

男の口調が荒れ始める。次第に息もあがってきているようだった。

「…絶対クルタお兄ちゃんが助けに来てくれるもん」

「…な…に…」

少女の言葉に過敏に反応する男。

「クルタ…ああ、あのいまいましい人間か…」

そこまで言うと男の表情が急変する。
まるで悪魔のような顔に。

「なんで、なんでなんでなんでなんでなんであいつばっかりなんだよぉ!ねぇ…なんでぼくじゃいけなのさ。ぼくだって十分君のこと愛しているよ…なんでそれがわかってくれないんだい?ねぇ…なんとか言ってよ。ああ、そうだぼくにもお兄ちゃんって呼んでよ。あいつにだけ言うなんてずるいよぉ…ねぇ…」

大声で叫ぶ男。
対照的に少女は冷静だった。

「あなた、気持ち悪い。死んでも嫌」

男の何かが切れた。

「き…きひひひひひ…気持ち悪い?このぼくが…いひひひ…だまれ…だまれだまれだまれだまれ!!」

「あ…」

荒い息で少女の首を絞める。

「な…おまえ…何やっているんだ!!」

術をかけられて何とか動こうと必死になっている人達の悲鳴にも似た声が響き渡る。

「…そんなにぼくが気持ち悪いの…そう…だったらもっと気持ち悪い奴らのところでも行ってきてよ。そうすればぼくが気持ち悪いなんてこと無いことがよーくわかるから」

すでに笑い声とも叫び声とも判断できない声とともに男の腕が光り出す。

「ぼくの魅力がわからない子はお仕置きが必要だね…さいきんおぼえた術なんだけど…大丈夫すぐに済むよ…」

術を放った瞬間、ゆっくりと少女の身体を光が包み始める。

地面には花が沢山つまっている鞄が転がっていた。



「あ、ありがとうございましたー」

ものの数分でイモの在庫が無くなってしまうほどの繁盛ぶりにクルタも安心した。
セリリもまだ若干緊張が抜けていないが、はじめの頃に比べれば十分の進歩である。

「いやーよかった。よかった」

売りきって気分が高ぶっているクルタに対してセリリはあまりよろしくないようだ。

「クルス君…私すっごく恥ずかしかったんだからね!いきなりこんな物かぶらされて…」

「こんな物ってネコミミは漢の生きがいだぞ?」

「また意味不明なことを自身満々に言って…とりあえず返すね」

外そうとする彼女を必死におさえるクルタ。

「ま、待てっ!せめて語尾に『にゃー』と付けて喋ってから…」

「…クルタ君…それ変態はいっ…」

ダダダダダ…
のんびり会話をしている二人に街の男がいきなり現れた
全力だったのか息が荒い。

「はぁはぁ…お、おい…あんた、たしか、クルタって、名前だったよな?」

「ああ…そうだが。どうしたんだ?そんなに息を切らして」

「いいから!早くあそこに行ってくれ!花売りの娘が…」

男の表情が尋常ではないことにクルタはすぐさま気づく。

「わかった。ありがとう」

簡潔に礼を言うとすぐさまクルタは走り出した。
あっけにとられていたセリリもクルタの焦った表情から大体のことを理解する。

「あの…すみません。私も行きます」

男はベンチに座り込み息を整えている。

「これ差し上げますので…」

「ああ、すまないな」

セリリすばやく荷物を整理してクルタの後を追う。
男はぐったりした表情で渡された物を見る。

「こういう時って水分が一番だと思うんだが…まぁ文句は言えないよな」

渡された品は中途半端に余ったバナナ。

「いま食ったら絶対に吐くぜ…ねーちゃんよ…」



暗い。
漆黒。
全てを塞いでしまうほどの闇。

少女はそんな中に放り出された。
いくら冒険者ではない彼女でもここがどういうところかは分かる。
世界に点在する人間の住処もあるのだからモンスターの棲家があってもおかしくはない。

ここはそんな場所。

今の状況がどれほどまで絶望的なのかも理解していた。


飛ばされてから彼女はその場から一歩も動いていない。
もし、体力が無いときに洞窟内で一人になってしまったら、その場から動くな。
これもクルタから聞いた話。
少女は必死になって彼の言葉を思い出していた。

モンスターは人間の匂い、動きに反応して襲い掛かってくる。
じっとしていればそれだけ見つかる可能性も低くなる。
それは一時凌ぎに過ぎないが。
向こうだって常に動いているし、そばに近づけば気づかれてしまう。

その点、少女は幸運な方だった。
しかし少女ままだ幼い。いくら意志を強く持って絶えつづけているとしても、本能的に『恐怖』を認識する。

ジャリ…
ほんの僅か、本当に数ミリ足を動かしてしまった。
洞窟内に響き渡る音。

その音を逃すほどモンスターは甘くなかった。
少女の周りに一斉に向かいだす。
その気配を察したのか少女の顔から生気が失い始める。

そして肉眼でも確認できる距離に近づくモンスター。
腐敗がさらに進んで、辛うじて人間としての原型を留めている緑色の肌モノ。
逆に骨格のみが残り、カタカタと気色悪い音を鳴すモノ。

その姿に腰を抜かし座り込んでしまう少女。
不思議と涙は出なかった。

叫ぶと余計にモンスターが集まる。

クルタの言葉に支えられていだけかもしれないが。

先に射程内に入ったのは緑肌。
ゆっくりと手を振り上げる。

ぐちゃり、と自らの肉が削げ落ちるが気にしていないようだ。
そもそも意志があるのかどうかすら怪しい。

少女はまるで他人事のようにそれを眺めていた。
彼女はクルタから教えてもらった最後の言葉を思い出す。



「ねぇ、じゃぁモンスターに囲まれてどうしようもなくなったらどうするの?」

「その時は叫べ。思いっきりな。言葉は何でもいい。もしかしたら誰かが気づいて助けてくれるかもしれないしな」

「じゃぁ、私の言う言葉は決まっているよ」

「おいおい嬢ちゃんは洞窟なんて行かないだろ?」

「えへへー」



少女は叫ぶ。渾身の力を込めて。


「クルタお兄ちゃん!!助けてーーーーーーーーーー!!」


ざすっ。
柔らかいものに何かが突き刺さる音。
ゆっくりと地面に倒れこむ緑色のモンスター。
そのまま解けるように消え去る。

残ったのは一振りの剣。
少女も良く知っている、いつもマイペースの剣士の剣。


「この変態幼女好きモンスターが…」

「…ネコミミは漢の生きがいだ、なんて言っている人は変態さんじゃないのかなー?」

「うっ…」

少女をかばうように現れた二人組み。

「クルタお兄ちゃん、セリリさん…」

少女の視界が歪む。
大きな瞳から大粒の涙が流れ落ちる。

セリリはやさしく抱きしめ、頭を撫でる。

「よかった…もう大丈夫。あとはクルタ君に任せておけばね」

「俺だけかよ…」

少女はついに我慢がしきれず大声で泣き出してしまった。

「よく今まで泣かなかったな…偉いぜ」

「ぐす…だって…クル…お、お兄ちゃん…が…洞窟…で…うう…」

喉がつかえてうまく言葉が出ない。
少女が以前彼から教えてもらったことを言っていることは十分に分かった。

「…ったく後10年早く生まれていれば嬢ちゃんに惚れてたかもな」

冗談をクルタはうれしそうに言う。

「まぁ最悪の事態は防げたんだが、これからどうするかなぁ」

「とりあえず、クルタ君は救助がくるまで寝ずに警備決定ね」

ここにはさっきの壊れたアコライトの空間移動でやってきたのである。
この術は大変便利なのだが、一方通行なのが大きな欠点。
帰る時に再びこの術を使えば問題ない。
しかし、すでにあのアコライトは使えなく、近くには空間移動できる人間がいない。

「しかもただいまこの洞窟のは落盤で入り口封鎖」

「さらにお姉さん、蝶の羽忘れてきちゃったし」

いわゆる密室。
誰かがここへ空間移動してくるまで気長に待つしかない状態。

しばしの沈黙。

「どうしよう」

見事に重なる二人の声。

「あ…あは…あはははは…」

いきなり笑い出す少女。

「ど、どうしたの?」」

「だ、だって…二人ともすっごく面白い顔しているんだもん…」

クルタは文句の一つでもいってやろうかと思ったが結果的に彼女が笑ってくれたので良しとした。

「ま、とりあえずはアイツ等の殲滅をするということで」

ぐるりと見渡すと、いつのまにやら三人の周りに集まり出しているモンスター。

クルタはすばやくセリリの荷物入れから紅ポーションを取り出す。
そして円を描きながら垂らす。

「あー!クルタ君いきなりなにやってんのー。それ高いんだよぉ…」

「いいからここに乗れ」

涙目のセリリを先ほどの場所に移動させる。

「一応、これは簡単な結界だ。ここはアンデットしかでないからな」

「え?そうな…きゃっ」

クルタは問答無用で彼女に紅ポーションをかける。

「これでモンスターの寄りが少なくなるだろう」

「ひ、ひどいー。なにも頭から垂らさなくても…」

彼女の抗議を無視してクルタは言葉を続ける。

「セリリ。君は嬢ちゃんを何があっても守り通せ」

「う、うん…わかった」

急に真面目な顔になるクルタ。

「よし。俺は嬢ちゃんとセリリを守るから、命をかけて」

セリリが何か言おうとしたときにはすでにクルタはモンスターの群れに向かっていた。

「クルタお兄ちゃんかっこいい…」

少女の言葉にセリリはこくん、とうなずく。

「しっかしちょっと多すぎじゃ無いのか?」

どうやら落盤のせいで人が入れず、モンスターが増えてしまったらしい。

「しかたがない…これ使うと疲れんだよなぁ」

クルタは剣を構え、静かに集中する。

「炎の精霊よ、悪しき闇の住人を葬りされ…!」

極限まで高めた己の闘気を剣を媒介に一気に解き放つ。
クルタを中心とした半径数メートルに炎の衝撃破が噴き荒れる。
これによりモンスターは吹き飛ばされ、あるものはそのまま消滅する。

なんとか耐えたモンスターが襲い掛かるがすでに瀕死。
軽く剣で受け流し、一閃。

そして次の目標に一気に攻撃をしかける。
ナイフに紅ポーションを塗り、敵の額めがけて投げる。
動きの遅いモンスターはあっけなく命中し、よろける。
その隙に懐に飛びこみ斬り倒す。

みるみるうちに減っていくモンスター。


「クルタ君ってあんなに強かったんだ…」


セリリは彼の動きすらあまり捕らえることが出来ない。
彼女もクレタばかり見ているわけにはいかなかった。
紅ポーションの結界のおかげか、モンスターはあまり寄ってはこなかったが当然近づいてくる敵もいる。
クレタが相手をしている数に比べれば大分少ないが、彼女自身あまり戦闘は得意ではなかった。

それに加えて今は少女をかばいながらの戦闘。

「お姉さん、これでも結構強いんだよ」

と時折少女に語りかけながら敵の攻撃をさばく。
敵の攻撃をよけた瞬間に剣先に巻きつけたイグドラシルの葉と一緒に突き刺す。
もがき、苦しみながら敵は消滅する。

「嗚呼…またレアアイテムが…」

軽く愚痴をこぼしつつ再び戦闘に戻る。
ちょっと勿体無いが、これがセリリにできる精一杯の攻撃。
だから躊躇わない。


少女はもう恐怖は全く感じていない。


だってこんなにも強く、優しい人が二人もいるのだから。


「よし、後はセリリが戦っている奴らだけだな」

視線を彼女等に向けるとなんとか大丈夫なようだ。
少しだけ安心したのもつかの間、次の瞬間クルタの目に飛び込んだのは一匹のモンスター。
生前は弓兵だったのか、弓を装備しており狙い定めている。

セリリは今ナイフ使いの敵と交戦中。
彼女もかなり疲労しているのか、弓兵には気がついていない。
しかも後ろから。

有無言わさず全速力で彼女達のもとへ。
この位置では敵を倒すことは出来ても、セリリへの攻撃は止めることが出来ない。

ではどうするか。

答えはとても簡単。


「セリリさん、あっちにもいるよ!」

セリリは少女の言葉で始めて自分達を狙う敵に気がづく。
しかし片手で二匹の敵の攻撃をさばいている彼女にはどうしようもない距離。
セリリはその敵は無視することに決める。

「絶対、守れって言われちゃったし。年上って辛いなー」

彼女のとった行動。
それは自らを盾にして少女を守ること。

放たれる敵の矢。

これからやってくる激痛に耐えようと歯を食いしばる。

どすっ。
肉に突き刺さる。

「ぐっ…」

どうしてか痛みが滲んでこない。
理由はすぐに分かった。
クルタが二人を覆い被さるようにして矢を受け止めていたからである。

苦悶の表情で紅ポーション付きのナイフを投げる。
一直線に敵に向かったナイフは敵の次の攻撃よりも早く突き刺さる。
力を失った敵はカラカラと崩れ、灰となる。

「クルタ君!」

「クルタお兄ちゃん!」

二人の叫び声が響き渡る。
セリリは相手をしていた敵を適当にやり過ごし、やや距離をとる。

「大丈夫!?」

突き刺さった場所は左肩。
クルタは右手で矢を掴み、一呼吸置いてから一気に引き抜く。
傷口から溢れ出す血。

「まぁ…ちょっと痛いが何とかなるだろ…」

無理をして笑顔を作るがそれが余計に痛々しい。
セリリは涙をいっぱい溜めている。

「ごめんね…私…」

「気にすんな。これぐらいの傷、すぐに治る。それより、二人とも怪我は無いか?」

セリリと少女は無言で頷く。

「それより早く止血しないと…」

「その前にアレどうしようか」

クルタの視線を辿るとそこにはモンスターの大群。

「これが俗に言う絶体絶命?」

「クルタ君、何のんきなこと言っているのよー。もうポーション無いのにどうするのー」

セリリのあわてっぷりをしばらく見ていたい気もきがしたが、さすがに今の状況ではそうも言ってられない。

「とりあえずこのまま待機。あとはあの娘が何とかしてくれるだろ」

「た、待機!? 大体あの娘って誰よー」

泣きそうなのを必死で我慢しながら言われた通りその場で待つこと数秒。


「清純なる癒しの女神よ、汚れし者達に安楽の安らぎを…」


モンスターの足元に浮かび上がる魔方陣。
この闇に閉ざされた空間を全て打ち消すかのように光が溢れ出す。
一瞬、強い光が解き放たれ静かに収束していく。

「クルタさん…あれほど無茶をしないでって言ったのに…」

モンスターは消え去りクルタ達三人が目にしたのは、一人のアコライト。

「あっ」

三人はその姿を見て同時に叫ぶ。

「今日の一番目のお客様!」

「サーニアお姉ちゃん」

「昨日のアコさん」

アコライト…サーニアは微笑む。

「とりあえずこの場所から出ましょう」




エピローグ

なんとか一連の事件は解決した。
少女を飛ばした張本人はあのあとサーニアに○○されて再起不能になったらしい。

クルタ達はある飯屋に来ている。
ゆっくりご飯でも食べながらお話しましょう、とサーニアが提案したので皆それに従った。

「ご飯代はクルタさんが奢るってことでね」

と言われて当然クルタは反論したが

「じゃぁ、平和的に多数決で決めましょう」

…結果はもちろんクルタが奢ることに。


「数の暴力だよ…」

クルタは一人ふてくされながら食事をしている。

サリリとサーニアは二人で盛り上がっている。
少女はちょっと用事があるから後で来るとのこと。

「それにしても世界って狭なぁ。サーニアが助けに来た時ビックリしたよ」

ちなみにサーニアはサリリより年下とのこと。

「私は閉鎖中の洞窟に飛び込む事のほうが驚きしました。もうあのような事はしないで下さいね」

「ご、ごめんなさい」

くどいようだがサーニアはサリリより年下。

「クルタさんも、ですよ?」

クルタはいきなり話を振られて一瞬、硬直したがすぐさまある疑問を言った。

「そうだ。なんでサーニアは俺の名前知ってんだ?」

「ああ。そのことですか。実は私、バナナの皮事件の現場にいたんですよ。気がつきませんでした?それで空間移動で街にもどっって来てあの娘に「今時バナナの皮で転ぶ面白い人がいた」って言ったんですよ。そうしたら、もしかしたらクルタさんじゃないかって。特徴とかから本人に間違いないって」

「なるほど。嬢ちゃんがきいた人間ってサーニアのことだったのか」

サーニアの説明に納得するクルタだったが、すぐさまあることに気がつく。

「まてよ…ということは嬢ちゃんが依頼された人間ってのはもしかして…」

「ご想像のとうりですね。でもまさかこんな事件になるなんて。それについては本当に申し訳ございませんでした」

「別に気にしていないさ」

クルタはそんなことより彼女の策士ぶりにおどろいた。

「ねぇクルタ君。さっきから何の話しているの?」

ここに理解していない人間一名。

「ああ、セリリって全然年上に見えないなぁって話だよ」

「あー!やっぱりそう思っていたんだ。お姉さん傷ついちゃうよ…」


サリリが人知れずいじけていると、あの花売りの少女がクルタ達の所へやって来た。

「ちょっと用意に手間取っちゃって…遅れちゃった」

「おう、今まで何やっていたんだ?」

少女はえへへ、と笑いクルタに大きな花束を渡す。

「お、もしかして俺に惚れたか?」

世間一般では花束を渡すことは求愛、もしくは結婚の意味が含まれている。
もちろん、感謝の気持ちを表す等など用途はさまざまである。

「違うよ。これはお兄ちゃんが二人のどちらかに渡す花束だよ」

「はい?」

「セリリお姉ちゃん(今回の事で昇格したらしい)とサーニアお姉ちゃん、二人ともすっごく魅力的だから早くしないと誰かにとられちゃうよ?」

店内からは「おおおおおお!?」とのざわめきが。

「いや、いきなりそんなこと言われてもだな…」

クレタはちらり、と横目で二人を観察する。
サーニアの方は両手を胸の前で祈るように組みながら、目をうるうるさせている。
明らかに演技だが。
一方、セリリはさっきから永遠と深呼吸を繰り返している。

「さぁ、クルタお兄ちゃん」

持ちかけた少女はもう思いっきり目が笑っている。

「う…あ…」

いつのまにか店中の人が回りに集まって、かたずをのんでいる。

「は…ははは…」


クルタがこの後とった行動で街中が大騒ぎになったことは言うまでもない。


異世界です。
夏コミ用に書いたSSです。締め切りをオーバーしてしまい、迷惑をかけてしまった記憶が…
書いているときはまだβでした。

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