秘すれば花(抜粋)




「………遅い」

小さな声で叱責すると、障子が音を立てずに開かれた。
「仰せの通り参上つかまつり候…てな」
「ふざけてないでさっさと入れ」
悪びれもせず庭先から現れた往壓に、放三郎は深々と溜息を吐く。
勝手知ったる気軽さで往壓は部屋へ上がり込むと、静かに障子を閉めた。
「それで?俺に渡す物というのは?」
胡座をかいて座り込んだ往壓の目の前に和紙に包まれた物が差し出される。
意外な物を手渡され、往壓は僅かに瞠目した。

「俺に…着物?」
「そうだ。開けてみろ」
「はぁ…」

放三郎から即されて和紙の包みを丁寧に解くと、上等な利休鼠の着物に袴が一揃い。
往壓は着物を手にとって、しげしげと放三郎を見つめた。
まるで意図が分かってない様子に、放三郎は咳払いする。
「竜導。お前…阿部様護衛の折り、その形で不味いと思わなかったのか?」
「…これじゃ不味いですかね?」
「当たり前だろう。その着古した浪人風情では阿部様の面目も立たぬ」
「なるほど…そこまで気ぃ回らなかったな」
往壓は手に取った着物を広げるとぼんやり呟いた。
確かに。
公儀の名とは言え、自分のような風体の者が寺社奉行の側に平然と着いて居ては悪目立ちするだろう。
「わざわざ余計な波風立てることもあるまい」
憮然と頷く放三郎に、往壓は小さく口元を上げた。

自分の立場も分かってるのかねぇ…アンタは。

それこそ人目も意に介さず平然と往壓を屋敷へ呼びつける放三郎こそ、悪目立ちしていると気付いていない。
どこまでも実直で不器用な放三郎に、往壓は苦笑を漏らした。

そういうところは悪くない、寧ろ。

「ところで小笠原さん。俺はこれで良いとしてもアビは?アイツだってお屋敷の護衛に付くんだよな?」
「あやつは山の民だ。元より我らの礼儀など及ばん」
「…そんなもんかね?」
「第一、アビが承知すると思うのか?」
「しねぇだろうなぁ…」
「…アビの正装など私も想像付かん」
「正装…ぷっ!」

思わず往壓は大きく噴き出してしまう。
腹を押さえて突っ伏す往壓を、放三郎は肩を竦めて苦々しく見下ろした。
「アビには門前で出入りの見張りをしてもらう」
「それが…っ…いい…な」
「いつまで笑っているのだ…」
「アンタが…笑わせたんだ…ろっ!」
「何故私が?お前が勝手に笑っているのではないか」
「…まぁ、いいさ」
どうにか笑いを治めた往壓は着物を手にして立ち上がる。
「竜導?」
座したまま不審気に見上げてくる放三郎へ意味深な笑みを浮かべると、後ろ手に手を回して帯の結び目へ指をかけた。
シュルリ、と慣れた仕草で帯を解き、着ていた着物ごと畳へ落とす。
いきなり素肌を晒す往壓に驚愕した放三郎は慌てて立ち上がった。
「お…おい、何をしているっ!」
「ん?折角頂戴したんで羽織ろうと思って」
往壓は飄々と悪びれずに笑うと、利休鼠へ袖を通す。
襟元を胸の前で重ねてから裾を払った。
真っ新な布地が肌に心地良い。
「身丈はどうだ?」
往壓の背後に立った放三郎が生地を摘んで肩口を合わせた。
着物は特注したかのように細身の身体を引き立てている。
「袖も丁度良い…まるで俺の寸法を測ったみてぇだな」
「私の体躯とそう変わりはないだろう」
「そうでもねぇよ?ほら…」
肩越しに振り返った往壓はそっと放三郎の手を取った。
指を絡ませて握り締めると腕を重ねて見せる。
「俺の方が少しだけ…長い」
「竜導…」
一瞬で放三郎を取り巻く気がトロリと蠢いた。
触れた腕から伝わる往壓の体温が熱い。
遠く微かに刻を知らせる鐘の音が聞こえた。

「夜四つ、か。もう帰れねぇな…」

夜四つ前には町境を仕切る木戸が一斉に閉められる。
翌朝の明け六つまで、何人たりとも事前の許可が無い限り通ることは許されなかった。
往壓は絡ませた指を強く握ると、放三郎の肩口へ額を乗せて身体を擦り寄せる。

鼻をつくのは、咽せそうなほど濃密な…甘い匂い。

脳髄まで蕩かせる強烈な蠱惑に逆らうことが出来ない。
放三郎は諦めたように一つ溜息を吐くと、淫靡な身体を抱き寄せた。

「確信犯か?竜導…」
「さぁ…どうだかね?」

往壓が小さく喉で笑って、長い腕を放三郎の背中へ回す。
濡れた吐息と共に、衣擦れの音が往壓の足下に落ちた。



はい、寸止め。
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