表裏一体



「で?どーするんだい?小笠原さん?」

期待満面の笑顔で即された放三郎は、思いっきり顔を顰めるが。
往壓の方は楽しげに瞳を輝かせ、頻りに放三郎を急かした。
賭けに勝ったとは言え、このまま思惑通りになるのは納得がいかない。
書物を読むから静かにしていろと言ったところで、往壓が素直に大人しくするとは思えなかった。
どうにかならないものかと放三郎は一計を案じる。
とにかく。
せめて今読みかけている書物を読み終えるぐらいの時間だけでも黙らせる方法はないものか。

「なぁ…俺に何をして欲しいんだ?」

難しい顔で考え込む放三郎の背後から往壓はスルリと腕を回して、襟元から腰の下へと誘うように掌を滑らせてきた。
気付いた放三郎が不埒な手を叩き落とす。
「イッてぇ!」
「人が考えておるというのに。大人しく待てぬのか」
「んな今更…考え込むようなことかぁ?」
背後からガッチリと放三郎へ抱きついた往壓がニヤリと口端を上げた。
腰に回されていた掌が着物の裾を割って下肢へと潜り込む。
「おいっ!何をするっ!何処を触っておるのだっ!」
「満足されるまでご奉仕させて頂こうかな?と」
「それは貴様が望むことであろうがっ!賭けに勝ったのは私だぞっっ!!」
「え〜?どのみち同じじゃねーの?」
「違っ…コラッ!いい加減止めぬかっっ!!」
放三郎は下帯の上から悪戯を仕掛ける往壓の腕を掴むと、無理矢理引き離した。
掴んだ腕ごと身体を返して、潤んだ双眸で睨み付ける。
往壓は僅かに瞠目すると、苦笑を浮かべた。

「…そんな顔で見られちゃ我慢効かねぇだろ?」
「黙れ」

忌々しげに舌打ちする放三郎が往壓の頬を思いっきり摘んだ。
「いひゃいって!」
「全く…昼日中から妙な真似ばかりしおって。貴様は少し自制しろ」
溜息混じりに小言を呟けば、往壓はわざとらしく視線を逸らす。
一向に悪びれない態度に放三郎の眉間に深く皺が刻まれると、頬を摘む指が掴まれた。
指先から力を抜くと握り込まれ、そのまま引き寄せられる、が。

「………往生際が悪いな、あんたは」
「そのままソックリ返してやる」

唇を重ねようと落ちてきた顔を掌で押し返す放三郎に、往壓が頬を引き攣らせた。
いつもなら誘えばあっさり堕ちるというのに、今日の放三郎はやけに頑なだ。
往壓も肝心なことを失念していた。
此処は放三郎の屋敷でも往壓の長屋でもない。
何時誰が顔出すかも知れない場所で淫らな行為に耽るほど放三郎は世間擦れしていなかった。
そのことに気付かない往壓は散々邪険にされ、顔を顰めてふて腐れる。
「何だよ…俺は小笠原さんが欲しいのに」
「う…それは…っ…今じゃなくても良かろう」
「我慢できるぐらいなら初っから誘ったりしてねーよ…」
「しかし…だなっ!賭に勝ったのは私であろう」
「だから〜小笠原さんの好きなようにしていいって言ったじゃねーか」
「それは貴様が勝手に決め―…」
「あぁ、誘い方が悪かったのか?」
ポンと手を叩くと往壓は勝手に納得して、右手を襟元へ滑り込ませた。
合わせを緩めて肩から着物を滑り落とそうとするのを、放三郎は慌てて止める。
「何?あんたが脱がせたい?」
「そうではないっ!少しはじっとして居れんのかっ!」

じっと…させる?

放三郎の脳裏で策が閃いた。
「竜導、先程の賭けの件…私が勝った故、何でも言うことを聞くのだな?」
「は?いや、そうじゃなくて。小笠原さんが勝ったら俺のこと好きにしていいって決めたじゃねーか」
「そうかそうか。私の好きにしても構わぬのだな?」
やけに念を押す放三郎を訝しげに見つめながらも小さく頷いた。
「あぁ、どうとでもしてくれて構わねぇよ」
「それならば好きにさせて貰おうか。竜導、其処へ座って居れ」
放三郎は往壓をその場で待たせると、直ぐ背後の床板に手を掛け大きく持ち上げる。
扉のように開いた床下には、元閥が補完している銃火器類が収められていた。
放三郎が暫し探るとその中から縄を取り出し、元通りに床板を閉じる。
往壓は放三郎の手元を眺めて不審気に眉を顰めた。

「小笠原さん…その縄をどーするんだい?」
「ん?これか?これはだな…」

ニッコリと微笑んだ放三郎は縄の端を口へ咥えると、背中越しに振り返っていた往壓の両腕を後ろ手に掴む。
片手に握り替えて固定しながら腕にグルリと縄を回した。

「え?ええ?何??」
「此処をこうして…こう回すと。それから…あぁ、動くなよ。此処へ通して…と」

あれよあれよという間に往壓は放三郎に手際よく縄で座禅縛りされてしまう。
「ちょっ!何だよコレッッ!?」
「そうきつくは無かろう。指が入る程度にはしておいたからな」
「そうじゃねーよっ!何でこんな真似…っ」
「貴様がじっとして居れんからだ。私は読みかけの書物があるのでな」
「何だよそれっ!?」
「さてと。前へ倒すぞ」
「お…おいっ!」
有無を言わさず往壓はそのままの体勢で俯せに倒された。
身体を返して起き上がろうとするのを放三郎は押さえ付け、足首にも縄を掛けて一つに括る。
これでは到底起き上がることは出来ない。

「おいっ!小笠原さんっ!?」
「読みかけの書物が読み終えるまでそうして居れ」
「巫山戯んなっ!このっ…解けよっっ!!」
「…本当に貴様は聞き分けがないな」

放三郎はこれ見よがしに溜息を吐くと、袖口から手拭いを取り出した。
喚いている往壓の口へ噛ませて後頭部でキュッと結ぶ。
「ううーーーっっ!!」
「何もずっと放置するつもりはない。これを読み終わったら外してやる故、暫し大人しく転がって居れ」
必死に身体を捩って縄を解こうと藻掻く往壓に、放三郎は苦笑を浮かべて書物を手に取った。
紙面の文字を追い始める放三郎を恨めしそうに睨め付け、往壓は床板の上で身体を大きく揺らす。
着物の上から縛られているのせいか縄が食い込んで痛むことは無いが、後ろ手の体勢はかなりキツイ。
どうにか縄が緩んで腕を外せないものかと、往壓は必死に半身を捩った。
ムキになって身動いだせいか、チリッと手足に焼けるような痛みが走る。
縄の摩擦で肌が擦れて僅かに血が滲んでいたが、往壓の体勢からは見えない。
激しく床板でのたうち回っているうちに帯が緩んで、裾の合わせが乱れて捲り上がり、太腿が露わになった。
往壓は気に留めることもなく腕を蠢かせていると、胸元を拘束する縄が僅かばかり緩む。
このまま抜ければ腕も外せると思い、肩を揺すって更に縄を緩めようとしたとき。

あ…っ!?

往壓の身体がビクンと小さく跳ねて硬直した。
背筋を駆け抜けた痺れるような感覚に目を見開く。
身体をほんの少し捩るだけで、往壓は手拭いを噛み締めた。
露わになった下肢が小刻みに震え、甘く上擦る吐息を飲み込む。

は…ぁ…畜生っ…こんなんで…っ!

往壓は悔しそうに顔を顰めた。
じっとしてどうにかやり過ごそうと思うが、下肢で燻り始めた熱が往壓の身体を嘖む。
散々身動いだせいで往壓の胸元は襟がはだけ、緩んだ縄が敏感な乳首を擦り立てた。
ザラリとした縄目に充血した先端を擦られると、堪らない喜悦が湧き上がり腹の奥で疼き出す。
「う…ぅ…っん」

ジワジワ身体を蝕む淫蕩な熱にキツク目を閉じて堪えられるのもほんの一時。

快楽に慣らされた従順な身体は蕩けて、艶やかに色付き欲情した。
愉悦に朱を吐く肌は汗を滲ませ、扇情的な媚態を晒す。
今度は自ら刺激を欲して、身体を捩って縄へと擦り付けた。
赤く充血した突起は芯を保って起ち上がり、ゾクゾクと背筋を震わせる。
下帯の中では既に陰茎が熱を帯び、鈴口からは淫液が滲み始めた。
淫らに藻掻く太腿の筋がピクピク引き攣る。
疼く身体を自ら慰めたくとも手足は拘束されて動かせない。
下帯を押し上げる屹立は達くことも出来ず、ただ先奔りだけを溢れさせ布地をグッショリと濡らしていた。

小笠原…さん…どうにかしてくれ…よっ!

甘い嬌声は猿轡に阻まれ、喉奥へと消える。
往壓は情欲で蕩ける濡れた双眸で、側に居る情人を必死に見つめた。






あとほんの少しで書物を読み終わろうとしていた放三郎は、ふいに意識を止切らせ眉を顰める。
苦しげな往壓の嗚咽が微かに掠めた。
我に返った放三郎が慌てて文字から視線を上げた。

「ー…っ!!竜導!?」

目の前に横たわる淫らな姿態に、放三郎は声を上擦らせる。
何時の間にこんなことになったのか。
艶めかしい肌も露わに着物を乱して縛られたままの往壓が、欲情の孕んだ瞳で放三郎を見上げていた。
壮絶な蠱惑に思わず喉が大きく上下する。
放三郎はぎこちなく手にした書物を閉じると、往壓の元へ近づいた。

「竜導…何故このようなことに?」

放三郎が問い質しても、ただ色香を滲ませた視線を向ける。
横たわる往壓を放三郎は舐めるように眺めた。

愉悦に染まる熱を帯びた身体。
胸元の突起は散々弄った様に赤く熟れて膨らんでいる。
しっとりと汗ばんだ下肢は大きく裾を割り、下帯の布が引き攣れ色を変えて濡れていた。

まるでそれは放三郎の愛撫に痴態を晒して身悶える姿のそのままで。

覚えのある淫靡な熱がゾクリと背筋を駆け抜けた。
放三郎は僅かに口端を歪める。

結局は竜導の意のまま、か。

人気が気にならないと言えないが、こんな往壓を見せつけられたら今更どうしようもない。
「困ったヤツだな…貴様は」
仕方なさそうに呟くと、放三郎は往壓の口を塞ぐ手拭いを外した。
苦しい呼吸を解放されて大きく肩で息吐く往壓に放三郎が触れる。
「は…あ…っあ…あぁ」
「こんな物で縛られて感じておるのか…」
欲情した身体は情人の温もりを感じただけで、濡れた嗚咽を零した。

「小笠原さ…も…我慢できね…ぇ」
「………そのようだな」

放三郎は掌を往壓の下肢へと差し入れる。
下帯の上から屹立を握り込めば、往壓は甘い嬌声を上げて背筋を仰け反らせた。
「私が触れる前からこのように濡らして…」
「は…ぁ…もっと…触ってく…れっ…もっと!」
愛撫を強請って懇願してくる年上の情人に、放三郎は苦笑を浮かべる。
往壓の目の前で起ち上がると、羽織を脱ぎ捨て袴の結びを緩めた。
放三郎の情欲もいつになく昂ぶっている。

「それでは。賭の報酬通り、好きにさせてもらおうか?」

往壓の髪を掴んで顔を上げさせると、放三郎は噛みつくように口付けた。



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