Simple&Pure“revised edition”

「あー、寒かったぁ。外すっげー寒いよ、夜にでも雪降るんじゃねーか?」
大吾は持っていた荷物をダイニングへと運ぶと、着ていたダウンジャケットを脱ぐ。
甘粕が受け取ってハンガーにかけ、クロゼットにしまおうとしたところで我に返った。
「…おい、何でテメーがここに来るんだよ?」
剣呑な甘粕の声も耳に入れず、大吾はダイニングで袋の中をガサガサと漁り始める。
「甘粕、これケーキ。いちおドライアイス入ってるけど、冷蔵庫入れて」
「バッカ、ドライアイスは先に出さねーと冷蔵庫入れらんねーんだよ」
甘粕は小さめの箱を開けてドライアイスの包みを出し、下の保冷庫へ箱ごと入れた。
「あとワインとシャンパン…これも冷やすの?」
「冷えた方が旨いに決まってんだろ、貸せよ」
両方大吾から取り上げると、続けて冷蔵庫へとしまった。
「後ねー、ローストチキン!七面鳥探したんだけど、どっこも売り切れちゃってて、仕方ねーからチキンにしたけど…別にいいよな?」
首を傾げながら甘粕にお伺いを立てる。
「別に七面鳥っていったって特別旨い訳でもねーしな…」
「そっかぁ、よかった♪」
ぱっと破顔する大吾を見つつ、
『チクショー、かわいいじゃねーかよ』
とクサッたコトを考えたところで、またもや気づく。
「だーかーらーっ!…あのな、何でお前がこんな準備をしてオレんとこに来るんだよって、さっきっから訊いてるだろーが!」
「そこまで訊いてねーじゃん、甘公」
目を丸くして心外だという顔をしながら、袋の中からオードブルだ大漁のお菓子だのを次から次へとテーブルに乗せた。
「訊かなくたって、普通思うだろーがっ!テメーは妻子持ちなんだぞ!?クリスマスは家族で過ごすって決まってんだよ!」
「そっかー?でもうち誰もいねーもん」
「…あぁ?居ない…って…こんな時期にか?」
甘粕は怒鳴って高ぶった神経を落ち着かせようとタバコに火をつけた。
「うん、ずっとおれクリスマスって仕事だったじゃん?休みでも非常招集かかったり」
「まー、確かにな」
過酷な勤務を思い出し甘粕は相槌を打つ。
「そしたらこの前、静香が何かの雑誌読んでて『クリスマスは萌ちゃんに本物のサンタさんに会わせましょう』とか言い出してさ」
「そんで?フィンランドに行ったのか」
「フィン??や、おれどこかよく分かんねー。でも萌ちゃんにはそのほうがいいかなーって」
大吾は笑いながら甘粕の持ってるタバコを取り上げて、煙を旨そうに吸い込んだ。
『……この似たもの夫婦が』
「そーゆーモンは普通家族で行くもんだろ…」
甘粕がこめかみを押さえながら低く唸る。
この天然無意識唯我独尊夫婦は、甘粕の理解の範疇をいっつも軽く越えてくるから困りモンだ。
「それに…」
何かを言い出そうとして大吾は躊躇した。
側の椅子に腰掛けると俯いて、チラチラと甘粕の顔を伺う。
そんな大吾の仕草にまたもやクサッたコトを考えつつも、
「…何だよ、言いたいことがあるんなら言えよ。気持ち悪ぃ」
気持ちとは反対に素っ気なく当たってしまう。
大吾が話し出すまでわざと黙って待った。
じぃっと俯く大吾を見つめてると、甘粕の視線が居心地悪いのかソワソワとし始める。
大吾の俯く顔が何となく赤くなってるような…。
ちらっと上目使いに視線をよこした大吾に柄にもなくどきっとしてしまう。
「お…い、朝比奈…」
自分の早くなり始めた鼓動を誤魔化すように甘粕は声をかけた。
「だって…せっかくのイヴなんだしさ…やっぱ甘粕と一緒に過ごしたかったんだもん」
『ったく、コイツはっ!そんな顔でそんな声でそんなコト言うんじゃねーよ!』
甘粕は今にも抱きしめてしまいそうな衝動をムリヤリ押さえ込んだ。
大吾は無意識に甘粕が一番欲しい言葉を当たり前のように言うから始末に終えない。
「オレがいねーとは思わなかったのかよ」
負け惜しみのように甘粕は言う。
「だって、甘粕言ってたじゃん。わざわざクリスマスだからって大騒ぎするのなんかくだらねーって。前は…ずっとおれが喜ぶからつきあってくれてたんだろ?」
大吾は甘粕の視線を捕らえ、まっすぐと見つめ返す。
「きっとおれが居なかったら…甘粕一人なんだろーなぁって。おれが来るまでそのつもりだったんだろ?」
そう言って大吾はかすかに微笑む。
「自惚れてんじゃねーよ、ばーか」
横に座る大吾の首を乱暴に引き寄せると、噛みつくように口づけた。
「んん…っ、あっ…」
大吾も身を乗り出して、甘粕の長い髪に指を差し入れ引き寄せる。
夢中になって互いの口腔を貪るように舐めつくし、小さな水音を残して離れた。
上がってしまった呼吸を整える大吾の額に顔を寄せ、宥めるような小さなキスをあちこちに落とす。
「んで?クリスマスってからにはプレゼントはくれるんだろ?」
少し掠れた低い声で大吾の耳元で囁く。
大吾はキスのくすぐったさにクスクスと笑いながら甘粕にしがみついた。
「何だよぉ、おれ準備したじゃん。甘粕は何にもくれねーの?」
「お前の欲しいもの…やるよ。何が欲しい?」
甘粕の膝の上に乗り上げて座った大吾に分かり切った答えを即す。
「そんじゃぁ…」
甘粕の耳元で小さく呟いた。
『甘粕をちょーだい』
望んでいた答えに微笑みながら、甘粕は了承の意味を込めて大吾の耳朶にキスをする。
「あまかすー、くすぐってぇよ…」
大吾もくすくすと楽しそうに笑いながら甘粕にしがみついた。
何だかお互い気恥ずかしくなって、抱き締めながら笑い合う。
『結局、オレも現金だよなぁ…関係ねーって思ってたって、クリスマスにコイツがいるってだけで“クリスマス万歳!”って思っちまうんだから』
甘粕は腕の中の温もりを感じながら苦笑する。
肩に伏せている大吾の頬に手を添えて上げさせ、甘粕は大吾の大きな瞳を覗き込んだ。
「それで…朝比奈のプレゼントは?」
甘粕の言葉に少し考えるように大吾は首を傾げる。
「そうだなぁ…じゃ、今日は甘粕の好きにしていいよ?」
大吾は甘粕を見つめ返しながら、挑発する様に笑った。
甘粕も負けずに不敵な笑みを返す。
「そんなこと言ってぇ、オレすっげーコトするぞ〜?」
「え〜?どんなコトどんなコト〜!?お願いだからやさしくしてねん♪」
お互い見つめ合いながら、ぷっと吹き出した。
「何だよそれっ!おっさんクセーよ、甘粕っ!」
「うるせー、テメェだって気色悪ぃ声出してんじゃねーよ!」
ゲラゲラと大声で笑い合って悪態をつく。
大吾が俯いて笑っていると、甘粕の掌が頬にかかった。
「あ…」
気付いて視線を上げると甘粕の熱い視線とぶつかる。
大吾の瞼がゆっくりと自然に閉じられると、唇に同じぐらい熱い唇が触れてきた。
誘う様に大吾の唇が薄く開いて、甘粕の舌を招き入れる。
呼吸をするのも惜しんで互いの口腔を貪り合った。
甘粕が大吾の舌を強く吸って、いきなり唇を外す。
離れる甘粕を咎めるように大吾が甘粕に目を向けると、怖いぐらいに熱く鋭い視線に射抜かれた。
「…オレなしじゃいらんねーようにしてやるよ」
甘粕の本音に大吾は歓喜でゾクゾクと身体を震わせる。
そして、同じぐらい熱を孕んだ危うい瞳で甘粕を見つめ返す。
「そんなの…もうなってるよ…」
甘粕の髪に指を絡めて引き寄せると、今度は大吾から口付けた。
夢中になって愛撫を強請る大吾に、甘粕の内側で愛しさと同時に凶暴な熱が沸き上がってくる。
『口では何とでも言えるけどな…ま、夜は長いんだし、じっくり教え込んでやるさ』
二人の濃密なクリスマスが始まろうとしていた。