Delusion

ゴールデンウィークも後半、たまたま子供の日が非番になった甘粕は、なぜか朝っぱらから台所に立つハメになっている。
甘粕に借りた大きめのエプロンを付けて、大吾は甘粕の指示であんこ係りをしていた。
「あまかす〜、あんこコレでいーの?」
昨夜のうちにふやかしておいた小豆がふっくらと炊きあがり、大吾は鍋を持ってウロウロとする。
「おい、チョロチョロすんな!こぼすだろーが。そこの風通しがいいとこでかき回してろ」
蒸かし器の火の番をしながら甘粕は大吾に指示を出した。
「ほーい!」
リビングのテーブルに鍋を置いて大吾がヘラであんこをかき混ぜる。
「それであんこが冷めたらこっち持ってこいよ」
「うん、わかった〜♪」
今日は朝から1日甘粕と一緒に居られるせいか、大吾は苦手な早起きをしても上機嫌だった。
リビングに面しているベランダには小さな鯉のぼりが飾ってあり、風に乗って気持ちよさげに泳いでいる。
「えーっと…もうそろそろいいかな」
甘粕が蒸かし器の蓋を開けると、中から真っ白い湯気が立ち上った。
手ぬぐいにくるんである白い餅を丁寧に引き上げて、一度荒熱を取るために水につける。
湯気を目にした大吾がヒョコヒョコと甘粕に近付いた。
「わっ…すっげー真っ白。旨そうだなぁ」
じーっと大吾は幸せそうに餅を眺める。
「おい、あんこはどうしたんだ」
今にもヨダレを垂らしそうな大吾の頭をべしっと甘粕は叩いた。
「いてっ!大丈夫だよぅ…ちょこっと風あてた方がいいと思ってさ」
唇をとがらせて大吾がごねる。
「ターコッ!ちゃんと混ぜないと全体が冷めないだろーが!ホレ、さっさとやる!」
追い立てる様に甘粕が大吾の身体を足でぐいぐいと押し出した。
すると更に大吾の頬がぷくっと膨らむ。
「あまかす冷たぁ〜い!せっかく今日は1日一緒なのにさ…アッチ行ったらあまかすの顔見れないじゃん!」
大吾は甘粕の後ろに回り込むとぎゅっと腰にしがみついた。
甘粕は大吾に分からない様に小さく溜息を漏らす。
「ったく…分かったよ、コッチのテーブルであんこ混ぜてろ」
しがみついたまま甘粕を見上げる大吾の頭をポンッと叩いた。
「うん!」
ぱあっと笑顔になると、大吾は急いで鍋を取りに戻る。
分かりやすい大吾の態度に甘粕はふっと笑みを零した。




「で、この餅をこーいうかんじに持って、あんこをこうやってくるむんだ。分かったか?」
甘粕は器用に餅を丸めると、あんこを詰めていく。
甘粕の所作を大吾は真剣になって眺めていた。
「うん、分かった!やってみる」
甘粕が分けてくれた餅を手に取ると、大吾はおそるおそる不器用な手であんこを詰める。
「あー、それじゃ入れすぎだ…ま、いっか」
最後に形を整える様にペタペタと手で叩いた。
そして、用意してあった柏の葉で餅を挟む。
「できたーっ!!」
大吾は得意げに、ちょっとあんこのはみ出した不格好な柏餅を甘粕に見せた。
「よしよし、その調子でこれ全部仕上げちまうぞ」
そうして仲良く2人で作業を進めて、10個の柏餅を作り上げた。
「すげー、ホントに出来ちゃったなぁ…あまかす」
大吾は出来上がった柏餅をウットリと眺める。
そこから甘粕は数個皿にとりわけて、ラップにくるんだ。
「んじゃ、これお母さんとおばあちゃんに持ってけよ」
「えー?後でいいよぉ〜、おれ早く食べたいもん!」
大吾は駄々を捏ねてむくれた。
「あのなぁ、何だって出来たてが旨いに決まってんだろ?どうせならお前だって自分で作ったんだからお母さん達に旨いもん食ってもらいてーだろーが」
諭す様に甘粕は大吾のふくれっ面を覗き込む。
「そりゃ…そうだけどさ」
大吾はじーっと甘粕を見上げた。
「とにかく、先に行ってこ…痛ぅっ!」
突然甘粕が眉を潜め、小さく声を上げる。
「あまかす、指どーしたの?」
大吾が慌てて甘粕の手を掴んだ。
よく見ると甘粕の指先が赤くなっている。
「湯気でちょっと火傷しただけだ…冷やしたからへーきだって」
泣きそうな顔で指を見つめる大吾を安心させようと、甘粕は大吾の頭を撫でた。
「でもさ…指痛そうだよ?」
じっと甘粕の指を見つめていた大吾は、突然指を引き寄せてパクッと口に咥える。
「お、おいっ…大吾!?」
火傷の指を癒す様にそろりと舌を這わせた。
大吾は口の中で軽く吸い上げたり、傷口にねっとりと舌を絡める。
「……つっ!」
ピクッと肩を震わせて、甘粕が眉を潜めた。
「あ…ゴメン、痛かった?」
大吾は上目使いに甘粕を見上げると、一度口腔から指を離し、下から上へ指を辿る様に舌でペロペロと何度も舐め上げる。
呆然と大吾の顔を眺めているうちに、甘粕はあらぬ妄想をかき立てられて、覚えのある感覚が下肢の方にズキンと走った。
『うわっ!やばっ…』
マズイことになりそうな予感に甘粕は途端に慌て出す。
「大吾っ!もういいっ!」
バカ正直な自分の身体に内心で舌打ちしながら、甘粕は大吾を引き離した。
突然指から引き離された大吾はぼーっと甘粕の顔を見上げている。
「…おい、大吾?」
何の反応も示さない大吾の頬を甘粕はペチペチと軽く叩いた。
大吾は自分の頬に触れる甘粕の掌をそっと押さえると、じっと甘粕を見つめる。
こころなしか大吾の目が潤んで、頬が紅潮している様な…。
『ちょっと待てよっ!なんつー顔してやがんだっっ!』
甘粕はドンドンと早くなる心拍数落ち着かせようと、一度大きく息を吸い込んで吐き出そうとした。
ところが、
「なんかさ…あまかすの指舐めてるうちに、指じゃなくてあまかすのアレ舐めてる気分になっちゃった」
大吾の口からとどめの爆弾が落とされた。
甘粕は大吾の言葉にまざまざとその光景を思い出して、テーブルの上に撃沈する。
「あまかすー?どーしたんだよぉ…腹でも痛くなったの?」
大吾は下肢の方へ手を当ててテーブルに突っ伏した甘粕を、心配そうに覗き込んだ。
「…っから…っ」
「ん?なに?」
甘粕の言葉が聞き取れず、大吾は訊き返す。
「いーからっ!さっさと柏餅、先に家へ持って行けーっっ!」
甘粕のスゴイ剣幕に大吾はビックリして、慌てて皿を掴むと玄関に走った。
「わ、わかったよ!…でも!あまかす、すぐに戻ってくるからな〜っ!」
ドア越しに叫ぶと、大吾はバタバタと自宅へ戻っていった。
大吾が居なくなったのが分かると甘粕はそのままズルズルとテーブルから床へとへたり込む。
「…あのクソガキはぁ〜っ!なーんも考えないでヒトを挑発しやがって…」
ズキズキと自己主張をする自身の雄に頭を抱え込んだ。
「ったく…ちゃんと教育しねーとな」
苦笑しながらも、甘粕はどこか楽しそうにしている。
とりあえず勝手に追い上げられた自身の熱を始末するために、甘粕は立ち上がって洗面所へと向かった。