One Life To Live



夜勤明けの翌朝。

申し送りを済ませて勤務を終えると、甘粕はさっさと着替えてまだ残っている同僚に声を掛けてから署を後にした。
昨日は珍しく出場も少なく、夕方にビルで小火騒ぎがあっただけ。
夜も交代で充分仮眠を取れた。
出来るならこういう日々が続いてくれればいいが、学生が夏休みに突入したこれからの季節、お盆休みも控えているとなれば、交通事故が多発する。
頻発に起こる事故で確実に多くなる出場回数。
甘粕の所属する特救も現場から現場へそのまま出場することが当たり前になってくる。
そんな中、昨日のような平穏な勤務は珍しい。
嵐の前の静けさでなければいいが。と、甘粕は駐車場へ向かいながらぼんやり考えた。

スタスタスタスタ。

止めてあった自分の車まで辿り着くと、甘粕の眉間にクッキリ皺が寄る。
「………おい」
「あ?何だよ??」
甘粕は不機嫌な声で唸ると、暢気に返事する背後を振り返った。
いつの間にか大吾が甘粕の後を付いてきている。
ロッカー室を出た時に、大吾はまだ着替えてる途中で同僚とゲラゲラ笑っていたはずだった。
それがどういう訳か甘粕の後できょとんと首を傾げている。
「朝比奈…駐輪場はアッチだろ」
甘粕はピクピク眉を引き攣らせて、駐輪場のある方角を指差した。
大吾はいつも自転車で通っている。
当然昨日も自転車で出署していたはずだ。
大吾は指された方向へ一度だけ視線を向け、すぐに戻してコックリ頷く。
「そんぐらい知ってるって。おれのチャリ置いてあるし」
「そうじゃねーだろっ!バカ比奈っっ!!」
「え?何が??」
いきなり激昂する甘粕に驚き、大吾は首を傾げた。
甘粕が何で怒っているのかさっぱり分かってないらしい。
肩を怒らせながら大きく息を吸いんだ甘粕は、まん丸く見開いているデカイ瞳を真っ直ぐ睨んだ。

落ち着け〜オレ!
このバカに心情を察するなんて高等技術はねぇんだから。

深々と息を吐き出すと、大吾はむっと唇を尖らせる。
「何だよさっきから訳分かんねーぞ甘公っ!何怒ってんだよぉ〜」
上目遣いに拗ねてくる大吾に、甘粕は頭痛のしてくるこめかみをグリグリ押さえた。

「いいか?朝比奈。お前はチャリ通、オレはこの通り車通勤だ」
「んなの知ってる」
「いつもお前は駐輪場へ行ってチャリに乗って帰る、オレは車に乗って帰る。違うか?」
「今日は甘粕と一緒に帰るんだも〜ん♪」
「だーかーらーっ!ソレが何でだって聞いてるんじゃねーかっ!このバカ比奈っっ!!」
「ぐえぇ〜ぐるじ…っ!!」
プチッとキレた甘粕は大吾の胸ぐらを掴んで、怒り心頭のままギリギリ締め上げた。
息苦しさに大吾は真っ赤な顔で闇雲に腕を振り回す。
本当に苦しそうに藻掻く大吾に溜飲下がって、甘粕がポイッと大吾の身体を突き放した。
急激に酸素が肺に入り、大吾が身体を屈めて大きく咳き込む。
「げほっ…おまっ…特救のクセに殺す気かよっ!!」
「フン…テメェがそれぐらいで死ぬようなタマかよ」
「だーかーらぁ〜何で怒ってんの?甘粕?」
「…もっぺん天国の扉見てくるか?」
甘粕の物騒な呟きに、大吾は必死に首を振った。
涙目でじっと甘粕の様子を窺ってくる大吾には溜息しか出ない。
甘粕は車のロックを外すと、さっさと運転席へ乗り込んだ。
「甘粕ぅー…」
「んだよ…乗ってくんじゃねーのか?」
面倒臭そうに甘粕が隣の助手席を顎で示す。
途端に大吾の表情は嬉しそうに輝いた。
エンジンを掛けると、慌てて助手席へ乗り込む。
いそいそとシートベルトを引っ張る大吾を眺め、甘粕はチラッと背後を振り返った。
「チャリいいのかよ?」
「え?鍵掛けてあっからへーきだって!」
「あ、そ…」
車でまた来るなら自転車はそのままでも構わない。
暗に『非番明けの明後日は甘粕と一緒にご出勤』だと言ってるようなモンだ。

大吾の気紛れな言動はいつものこと。
それは結婚して子供が出来ても変わらない。
いつだって無邪気に―――残酷に甘粕を誘う。

「今更…だけど、な」
「ん?何か言ったか?」

甘粕が独り言ちると、大吾が振り向いた、が。
「オイ…てめぇいつの間にカレーパンなんか食ってんだよっ!ボロボロ食い滓が零れ…汚すんじゃねーよタコッ!」
「腹減ったんだからしょーがねーだろっ!」
「だったら綺麗に食えっ!」
「後で払えばいーじゃん…」
「てめぇが掃除しろよ」
丁度信号で捕まり、甘粕はハンドルに腕をかけて溜息吐いた。
ブチブチ文句を言いながらカレーパンを食べる大吾を甘粕は眺めながら、肝心なことを思い出す。
「そういや…何でウチ来るんだよ?」
「んー?おれんち誰も居ねーから」
あっさり応えると、大吾は嬉しそうにニコニコ笑った。

ソレも毎度のこと。

「んだよ…今度は何処言ってんだ?静香さん」
「えっと…マレーシアつってたかな?デッカイ学会があるんだって〜。向こうの学者と懇親会とかもあるらしくって、10日間行ってる」
「10日か…じゃぁ今回は萌も一緒か」
大吾と静香の娘の萌はまだ3歳になったばかり。
さすがに長期で不在となれば、一緒に連れて行かざるを得ないだろう。
ただでさえ大吾は職業柄不規則な勤務シフトだ。
まだ目を離せない幼児を仕事だからと放っておけるはずがない。
しかし大吾は首を振った。
「萌ちゃんは静香の実家に預けた。普段なかなか孫に会えないだろ?この際だから甘えようって。何か色々遊びに連れてくって張り切ってたなー…」
元々妻の静香は大学を卒業して直ぐに実家を離れ、めだかヶ浜の高校へ赴任して教師をしていた。
今は大吾の実家近くのマンションで暮らしている。
妻の実家は早々行き来出来る距離じゃないから、良い機会だと大吾は娘を預けた、が。

甘粕はそんな話を鵜呑みにする程、大吾と浅い付き合いじゃない。

「…で?本音はどーなんだよ」
甘粕は呆れ半分で銜えた煙草へ火を点けた。
大吾の行動から今更聞くまでもないが、いちおう確かめる。
チラッと視線を助手席に向ければ、してやったりの企み笑顔。
「何だバレてんのか」
「バレねーとでも思ってんのか?」
「だぁ〜ってよぉ〜こんな時でもなきゃ甘粕と二人っきりになんかなれねーじゃんっ!」
「所帯持ちが何言ってんだか…」
適当に相槌打って答えると、途端に不機嫌な空気が漂ってくる。
自分の失言に気付いた甘粕が、バツ悪げに髪を掻き上げた。

それこそ今更、だ。

大吾が静香と結婚して、萌という愛娘も生まれ。
それでも二人はずっと『関係』が続いていた。
出逢ってから今まで、そしてこれからも。

『自分しか愛せない大吾』をずっとずっと愛せるのはきっと自分だけだ。

だから大吾に子供が出来て静香と結婚する時も、甘粕は大吾を責めたりしなかった。
『そういう大吾』を愛しているから。
結婚しても子供が出来ても、大吾は甘粕を頼って甘えてくる。
妻である静香に言えない弱さも、甘粕には遠慮無く縋ってきた。

それが嬉しいと。
大吾が依存するのは自分だけだという昏い優越感に溺れていた。
どんなに安らぎを求めてもそれは一時だけ。
必ず大吾は甘粕の側へ戻ってきた。
だから、平然と静香の前で笑っていられる。

「悪ぃ…」
何となく気まずくなって甘粕が呟くが。
「あ?何が?」
返ってきたのは妙にのほほーんとした声。
信号が赤に変わって停車すると、甘粕は助手席へ目を遣った。
「ん?って…お前っ!何だクリームパンなんか食ってっ!?お、おい下っ!クリーム漏れ…あああぁああっ!?」
「お?イスに零れた…ティッシュねーの?」
「このバカ比奈ぁっ!オレの車汚しやがってーーーっっ!!」
狭い車内に甘粕の怒号が響き渡る。
掴んだティッシュ箱で力任せに大吾の頭を殴りつけた。
「イデッ!?んだよっ!悪かったって!わざとじゃねーよっ!!」
「当ったり前だっ!わざとだったらテメェをこの場で轢き殺すっ!!」
「いーじゃん…どーせ今度車買い換えるって言ってたんだから」
「そーゆー問題じゃねぇっ!」
怒り心頭の甘粕が殴りかかってくるのを、大吾は必死で防御する。

「んだよっ!甘公すっげーおかしいっ!車で犯ってちょびっと汚れても文句言わねーのにっ!クリームパンのクリームも似たようなもんじゃねーの?」
「ーーーーーっっ!?」

確かに。
自分達はクリームパンのクリームどころじゃないモンを零しちゃったりしていた。
それは自分のだったり大吾のだったり。

真っ赤な顔で黙り込む甘粕を、大吾はニヤニヤしながら覗き込んでくる。
いつの間にか信号が変わったのか後続車からクラクションを鳴らされ、甘粕は慌ててアクセルを踏んだ。
しつこく大吾が絡んでくるので、とりあえずハザードを出して路肩へ車を止める。
「朝比奈…お前なぁ」
「なーなー?この前だって非番の日に出かけたじゃん?あん時甘粕ゴム持ってなかったからナマで犯っちゃって、すっげ〜シート濡らしちゃったよなぁ?確かこの辺…」
そう言うと大吾の手が甘粕の股間へ伸された。
ギョッとして腰を引くと、腿の間から覗くシートをパンパン叩く。
大吾が甘粕の方へ身体を寄せ、耳元へ唇を近付けた。

「そんな悦かった?あんないっぱい出すほど、さ」

爽やかな朝っぱらに相応しくない淫靡なからかいに、甘粕は苦し紛れに頭突きを喰らわせる。
「いってぇよ!」
「フン!テメェの締まりが緩いから零れたんじゃねーか?」
「んだとぉっ!」
憤る大吾を甘粕は鼻先で笑った。
「おれのケツは緩くねぇっ!甘粕のチンポがデカイから悪いんだっ!」
悔しそうにジタバタ身を捩る大吾を、甘粕はぽかーんと眺める。

「何だよ…デカイと悪いのか?」
「え?えっと…」
「お前いっつも散々『デカくて気持ちイイ〜ッv』ってしがみ付いて喘いでるだろ?」
「………あれ??」
「そっかぁー悪ぃのかー…」
甘粕がわざとらしく落ち込んでハンドルへ突っ伏すと、大吾が焦って首を振った。
「そっ…そんなことねーって!甘粕の奥まで突っ込まれると…訳分かんなくなるぐらい気持ち悦くって…おれ…っ」
大吾が言葉を詰まらせ頬を紅潮させる。
何やらもぞもぞ来ているTシャツの裾を引っ張り、俯いて黙り込んでしまう。
様子がおかしいことに気付いた甘粕が、大吾の手元を見下ろした。

「もしかして…朝比奈お前」
「甘粕が思い出させるから…勃っちゃっただろぉ」

涙目で睨み付ける視線には媚びを含んで、甘粕のオスを刺激する。
つい小さく喉を鳴らすと、大吾の指先が甘粕の腕に絡んできた。
「なぁ…早く帰ろ?」
あからさまに誘ってくる媚態に、甘粕が口端を上げる。

『帰ろう』ね…分かって言ってるんだか。

焦れた大吾がシャツの袖口をつんつん引っ張ってきた。
甘粕はその手を引き寄せ、大吾の耳朶へ唇を寄せる。

「…勝手に漏らすんじゃねーぞ?帰ったら全部オレが飲んでやる」

噛みつきながら睦言を囁けば、大吾が双眸へ笑みを浮かべた。
甘粕の太腿から下肢へと手を滑らせる。
「おれも。甘粕のコレ…上からも下からも飲んでやるよ」
擽るように挑発してくる指先を、甘粕は苦笑しながら押し返した。

そうと決まれば1分1秒だって我慢できない。

ウィンカーを出して、甘粕は車を急発進させた。
「あ。何だったら着くまでにしゃぶってやろっか?」
「…同僚に救助されたくなかったら大人しくしてろっ!」
「…そーする」
とんでもない大吾のお誘いに危うくハンドルがぶれて、対向車線へはみ出しそうになる。
二人はズキズキと疼く股間に苛まれながら、もうすぐ抱き合える期待と悦びに頬を緩ませた。



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え?終わりですよ終わり。
ご希望の声が多々あれば続き考えますが、あはは〜。