FLIP FLOP & FLY "T"(抜粋)
ドサッ! 「…この雑誌は何ですか?」 目の前に山と積まれた雑誌を眺め、天蓬はきょとんとする。 常日頃『本は買うな増やすな溜めるな』と散々口煩く説教する八戒が、自分からこんな雑誌を持ち込むなんてどうしたことか。 「今日は大事なお話があるんです。ちょっと天ちゃん、ソコへ座って下さい」 「はぁ…」 ただならぬ雰囲気の八戒に気圧され、天蓬は言われた通りチョコリと正座した。 ローテーブルに積まれた雑誌に視線を落とせば、どうやら週間情報誌らしい。 天蓬も雑誌は雑誌でも専門の情報誌しか読まないので、物珍しそうにパラパラめくった。 ざっと見た限りその雑誌はグルメや流行モノの新商品情報、それとアミューズメントやテーマパークのイベントやら、映画にコンサートなどのエンタテイメント情報がギッシリ掲載されている。 情報誌ではあっても天蓬にとっての情報ではなかった。 せいぜい気になるのはパソコンや電化製品の新商品情報ぐらい。 大して気に留めることもなくざっとページに目を通すと、すぐに閉じて元へ戻した。 「コレがどうかしたんですか?」 見上げる視線の先で、八戒が腕を組んで仁王立ちしている。 その後ろに悟浄も居るが、何故だか視線が泳いでいた。 何なんだろうと天蓬は頻りに首を捻る。 「天ちゃん。来週の土日、お仕事はお休みですか?」 「え?えぇ。今月残りの週末は休めそうですけど…何かあるんですか?」 「そうですか。それなら問題ないですね。悟浄、例の手配お願いします」 「はいよ〜」 八戒に頼まれた悟浄はゴソゴソとシャツのポケットを探って携帯を取り出し、何処かへ電話をかける。 コールして直ぐに相手が出たようだ。 「あ、オヤジ?俺〜。この前言った再来週の話。簾の方お願い出来っかな?うん、そうそう。俺が話したらさ〜『おじいちゃんと一緒に行きたぁ〜い♪』って喜んでたぜ?ん?あ、そう?なら良かった。ケン兄には俺から話しておくよ。金曜の夜に俺が簾をそっち送るからヨロシク〜」 プチッ☆ 「八戒、こっちはオッケー」 「そうですか」 悟浄が肩を竦めると、八戒は満足気に頷いた。 しかし天蓬にはさっぱり状況が理解できない。 自分の休みと簾に何の関連があるのか。 「一体再来週に何があるんですか?」 「天ちゃんは捲簾さんと二人っきりでデートして頂きます」 「え?捲簾と?」 「そうですよ?何か問題でもありますか?」 「いえ、それは全然。むしろ臨むところですけど〜」 「その為に簾クンも悟浄のご両親へ二泊三日預けることになりました」 「何か…随分用意周到ですねぇ。何でですか?」 何やら作為を感じて、天蓬がスッと双眸を顰めた。 簾は愛する捲簾の大切な一人息子で、当然天蓬も可愛がっている。 邪魔にしているつもりもしたこともないが、捲簾と二人っきりで過ごせるのは魅力的だし願ってもないことだ。 しかし。 敢えてその手助けを八戒と悟浄がする必要があるのか。 それとも何かの交換条件でも出すつもりなのか。 天蓬が無駄に冴える頭脳で勘ぐり始めると、八戒が不敵な笑みを浮かべた。 「別に僕らが何か怪しいコトを企んでる訳じゃありませんから安心して下さい」 「…そうかぁ?」 背後でボソッと悟浄が呟くと、すかさず八戒の右足が空を切る。 「ぐあっ!」 綺麗に鳩尾へヒットした蹴りで、悟浄は腹を抱えたまま吹っ飛ばされた。 「余計なコト言わないようにね♪」 「は…いぃ」 ゲホゲホ咳き込みながら、悟浄は顔面蒼白で首を振る。 どうせ悟浄が何を言おうが八戒はヤル気らしい。 深呼吸すると改めて座っている天蓬へ顔を戻した。 「今回の計画は天ちゃんと捲簾さんの輝かしいバラ色の人生が懸かってるんですっ!」 「僕と捲簾の…ですか?」 気合いを漲らせて拳を突き上げる八戒を、天蓬はポカーンと見上げる。 今日の八戒はやけに男らしい。 「いいですか?来週のデートはデートでも、いつものデートじゃダメなんですからね?」 「いつものデート?」 「例えば…っ!」 見る見る真っ赤に頬を染めて言葉を詰まらせる八戒が、未だ身体を丸めて撃沈している悟浄のシャツを掴んで強引に引き寄せた。 「悟浄〜っ!続きお願いしますっ!」 お願いされちゃった悟浄は、咳き込みながらもどうにか身体を起こす。 八戒の側まで這って来ると、どっかり座り直した。 「要するに、だ。八戒は天蓬のデートにダメ出ししてるんだな」 「ダメ出し…と言うと?」 天蓬が聞きかえせば、すかさず悟浄を即して八戒が咳払いをする。 「だからさ〜セックスするだけが目的のデートじゃダメなの〜」 「ええっ!どうしてですかっ!」 明らかに動揺する天蓬へ、八戒と悟浄は胡乱な視線を向けた。 いくら何でもそれはあんまりだろう。 「…マジかよ、おい」 「天ちゃん…最低です」 二人は激しく捲簾に同情した。 一方の天蓬は何で責められるのか全く分かっていない。 いい年した大人の天蓬へ一から説明しなければならないのかと思うと、馬鹿らしくて頭痛がしてきた。 それでも捲簾の為、何としてでも教え込まなければ。 悟浄はガシガシ髪を掻き上げ、仕方なさそうに溜息を零した。 「あのな?ケン兄は生まれて初めてと言ってもいいぐれぇ、天蓬に惚れて真剣にお付き合いしてる訳よ?」 「それは僕だって同じですっ!本当に心から愛しているのは後にも先にも捲簾だけですから」 「うん、それはさ。ケン兄も俺らも分かってるんだけど。そのお付き合いの仕方がなー…」 悟浄がわざとらしく言葉を濁すと、天蓬は身を乗り出してくる。 愛する捲簾に関わることなら聞き逃す訳にはいかない。 「何ですか?僕、何か間違ってるんですか?」 「間違っちゃいねーよ?天蓬もケン兄も充分大人なんだし、恋人同士ならソレで構わないんだけど〜」 「分かり易く言えば、天ちゃんは恋愛の起承転結で起と承を省略しちゃってるんです」 「はい?」 目を丸くする天蓬に、八戒がこれ見よがしに首を振った。 ここまでニブイと感心すらしてくる。 天蓬はまともな恋愛経験が無いのだから、思いもよらないと言った方が正しいのだろうか。 ちょっと呆れ気味に悟浄がローテーブルを指先で叩いた。 「いっか?天蓬。普通恋愛をしているカップルはだな?『好き』ってお互いの気持ちを確かめてお付き合いを始めると、まずデートをする訳だ」 「それは僕らだってしてますよ?」 「デートの定義が違うのっ!恋人とは1日中一緒にいたいから、普通は昼間っから出かけてイチャイチャすんだよ」 「ええっ!昼間からって…一体何をするんですかっ!」 「何って…例えばアミューズメントパークや映画とかライブ行ったり。そういう目的が無くても街に出かけて服とかCDなんか一緒に買い物したり。そんで疲れたらちょっとカフェでお茶して、他愛ないけどお互いのこと色々話したりすんのも楽しいだろ?」 「そ…そういうの…捲簾としたこと無いです」 悟浄の話を聞いて天蓬は愕然とする。 思い返してみれば、捲簾がどんな映画や音楽が好きか、そんな初歩的な好みさえ知らないことに気付いた。 恋人としてそんな些細なことも知らないようじゃ明らかにマイナスだろう。 |